ロンドの草稿 その十一 2
愛する人に信じてもらえない、そのみじめさに、グレウスは泣いた。涙があふれる。
「どうして信じてくれないんだ。君は僕のたった一人だけの友人だ。その君の好きな人をとるわけがない。なのに……君は、彼女のことを信じるんだね」
オスカーは少し戸惑う。
いつから、こんなに遠くなってしまったのだろう。いつもとなりにあったオスカーの心が、こんなにも遠く……グレウスの言葉がまったく届かないほど離れて……。
もう抑えることはできなかった。たったひとしずくの水が表面張力をやぶってしまうように、グレウスの本心は限界いっぱいだ。
「ずっと、君を愛してたよ。君だけが僕のすべてだった。オスカー。僕はずっと……」
「グレ……ウス?」
「僕をすてないで。君がいないと、どうしていいかわからない。今日まで正気でいられたのは、君がいてくれたから……だから、あんなひどい、地獄みたいな毎日でも、生きていられた……」
うつむくと、こぼれおちた涙が土に吸われる。地下に沈む。日のささない暗い世界に。
「僕は毎日、けがされてきた。罪をかさねてきた。狂った世界のなかで、君だけが正常だった。君といるときだけ、僕は光のなかにいることができた。ほかの誰も救いにならない。僕は女を愛せないんだ。頼む。そばにいてくれるだけでいい。ぼくをすてないで。友達としてでいいから。何番でも、ビリでもいいから……」
グレウスは懇願した。
オスカーを失うかもしれないと思えば、どんな醜態をさらしてもかまわなかった。ただもう必死だ。
オスカーは呆然と立ちつくしている。グレウスの声が聞こえているのかどうかもわからない。
ぼくは花嫁。君は花婿。
二人は愛を誓いあった——
グレウスは手を伸ばし、オスカーの頬を包みこむと、くちづけた。
オスカーはあやつり人形のように、かるい力でグレウスを押しのける。
「……何を言ってるか、わからない」
よろめくように走っていく。
「待って。行かないで! 僕をすてないで! オスカーッ」
グレウスのけんめいの叫びも、オスカーの耳には届かなかった。追いすがるグレウスの声をふりきるように、オスカーは立ち去った。
(嫌われ……た……)
かすれた笑いがこぼれる。
ひきつり、ねじくれ、醜い。
嫌われたんだ。僕は——
苦い絶望の涙。
オスカーは行ってしまった。
翌日、城内のどこにも、オスカーの姿はなくなっていた。夜のうちにぬけだしたのだ。
傷つくことに疲れたグレウスの心は、この事実を受けとめることができなかった。
それで——
それで……?
残っていた最後の一本の糸が切れて、グレウスは壊れてしまいました。
——君が女の子だったら、ぼくの初恋の人になってたかもしれない。
ずっと昔のオスカーの言葉を、グレウスは忘れていません。
「オスカー! オスカーはどこ? わたしの旦那さまは?」
なれない手つきで厚化粧。
派手な女物のドレスを着て、城内をねり歩くのです。
「グレウスさま。どうぞ、こちらへ」
「お離し。わたしはオスカーの花嫁になるの。彼をどこへ隠したの?」
「オスカーさまはむこうでお待ちです。おいでください」
すっかり、おつむのネジの外れてしまったご当主に、周囲の者は冷酷でした。彼をだまして一室へつれていくと、閉じこめてしまったのです。
狂った頭でだまされたことを理解したグレウスは、ある夜、見張りの目を盗み、城を逃げだしてしまいました。
それきり、ドラマーレ伯爵としてのグレウスは、この世から姿を消しました。
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