SS.14:ゆめと相談


 その週の週末。

 谷口は春樹を助手席に乗せ、車を走らせていた。

 今日は受験生たちは、朝から図書館へ行って勉強している。

 タイミング的にもちょうどよかった。


 二人は目的地に到着すると、谷口は車を降りて助手席の方へ回った。

 松葉杖は一本になったが、春樹が車を乗り降りするときは少し手間取る。


 二人で『いもうとカフェ・きゅン』のドアを抜けると、すぐに中から女性が出てきた。


「お二人ともこんにちは。さあ、奥へどうぞ」


 ゆめは店の奥へ案内した。

 ただし、客席ではない。

 カフェの事務所として使われている小さな部屋で、3人は椅子に座った。



 先日、谷口は喫茶カメリアに訪れた時のことを春樹に報告した。

 これからどうするべきか……二人で相談した。


「いずれにせよ、ゆめさんにも報告するのが先なんじゃないかな? その上でゆめさんの意見も聞きたいし」


 春樹の提案通りゆめに連絡して時間を取ってもらい、谷口は春樹と二人でいもうとカフェにやってきたのだった。



「そうでしたか……翔平はちゃんと生きて、まっとうな生活を送っていたんですね」


 谷口と春樹の長い話を聞き終えたゆめは、ため息交じりにそう口にした。


「今までひなはほとんど父親のことは口にしなかったんですけど……ひめは時折私にも訊いてきたんです。『パパ、どこかで生きてるかなぁ』って……そのたびに『ああ、この子は翔平がいなくて寂しいんだなぁ』と不憫に思うこともありました」


「そうだったんですね……僕もひめさんと一緒にいて、お父さんとの昔の思い出をたまに話してくれるんです。だから同じようなことを感じることがありました」


「その点ひなは聡い子ですから……母親の私が不快に思うといけないからと、気を使って話題にしてこなかったのかもしれませんね」

 ゆめは少しだけ、寂しげな表情を浮かべた。


 3人の間に、少しだけ沈黙が流れた。


「これは自分の勝手な感想なのですが……あの喫茶店は近所の人たちに愛されていて、特に年配の方々の憩いの場になっているようなところだと思いました。食事もコーヒーも抜群に美味しかったですし……マスターのプロ意識を感じました」


「そうですか……翔平はたしかにコーヒーにはうるさかったですね。それとこのいもうとカフェの看板メニューを、ミックスサンドとナポリタンにしようと言い始めたのも翔平ですから」


 ゆめは昔を思い出すような遠い目をして、そう答える。

 そして……ゆめは姿勢を正すと、こう言った。


「春樹さん、谷口さん。お願いがあるのですが……一度ひめとひなに、話をしてみようと思います。ひめもいい大人ですし……それでもし娘たちが翔平に会いたいって言った場合、一緒に連れて行ってやってもらえませんか?」


「僕でよければ、喜んで」

「自分もです」


「ゆめさんはお会いになられない、ということですね。その翔平さんという方は、借金を肩代わってもらったことを随分気にしているような感じでしたが……」

 春樹は遠慮がちにそう訊いた。


「でしたらひなの大学の費用を、多少は負担してもらいましょうかねぇ」

 ゆめはそう言って、いたずらっぽく笑った。


「ただ私は会うのは遠慮したいですね。とてもじゃないですが、今は顔を合わせる気持ちにはならないです。ただ私と翔平は血がつながっていませんが、ひめとひなはたしかにあの人の娘ですから……二人が会いたいというのであれば、もう会ってもいい時期のような気もします。それで……そのときはお二人にも同席していただけると心強いですのですが……お願いできませんか?」


「わかりました。その時は僕が責任を持って、ひめさんとひなちゃんに付き添いますよ」

「もちろん自分もです」


 春樹と谷口が姿勢を正してそう言った。

 ゆめはにこやかな笑顔をたたえ、深く頭を下げた。


「本当にお二人のお力添えに感謝します。これからも娘たちのことをよろしくお願いしますね」


 そんなゆめの顔は、母親としての慈愛に満ちた表情だった。

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