SS.09:俺は……


 デザートまで堪能した6人は、レストランを出た。

 会計は春樹と谷口が出し合っていたが、年長の春樹が多めに払った。


 受験生が3人いるのですぐに帰る予定だったが、近くに有名なスーパーがあるらしい。

 そこでは地元の野菜やひもの・しらすといった海産物が安くて新鮮らしい。

 せっかくなので、そのスーパーへ寄ってみることにした。


 日曜日のスーパーは、かなりの人混みだった。

 ひめと雪奈は気に入った食材をカートの中に入れていく。

 やはり地元の野菜やひものが安いらしい。


 6人でぞろぞろと歩きながら、店内を物色していく。

 一通り商品を取り終わったところで、レジに向かう。

 レジは何列にも別れていて、どこもそれなりに人が並んでいた。


「結構ひものを買ったね。ひめさん、どうやって料理するの?」

 春樹がひめに訊いた。


「えっと……普通に塩焼きでもいいんですけど、ちょっとソースとかかけてアレンジしてみたいです」


「ソースはどんなソース?」


「んーそうですね……いちごジャムのソースとかはどうですか?」


「ひものに? うーん、ちょっとそれはどうだろう……」


「お姉ちゃん、やっぱりちゃんとお料理勉強したほうがいいよ。ひものにいちごジャムはないでしょ?」


「え? そ、そうかな? 意外な組み合わせで、面白いとおもうんだけど」


「意外すぎて引くレベルなんだって。お姉ちゃんの場合」


 ひなとひめ以外の4人は、声を上げて笑った。

 谷口もひめの意外な味覚を聞いていたが……その組み合わせはどうなんだろう。

 そんなふうに思っていると……


 ガラガラガッシャーン!


 レジの向こうから、大きな音が聞こえてきた。

 谷口が目を向けると、レジを終えた男性客が袋の中身を派手に撒き散らしていた。

 ロン毛を後ろでまとめたその中年客は、慌てて床から荷物を拾い上げている。

 大量の缶詰、調味料、小麦粉やパスタ……必死になって、かき集めていた。


(あの男……)


 その中年客は荷物を全部袋に入れ直すと、足早に出口に向かっていく。

 その後ろ姿は、まるで逃げていくような勢いだ。


「ごめん、ちょっと先に外のトイレに行ってるね」


「え? は、はい」


 谷口はひなにそう声をかけると、店の出口から足早に外へ出た。


 外に出て見渡すと、さっきの中年の男性客はすぐに見つかった。

 車のトランクを開けて、大量の買い物袋を詰め込んでいるところだった。

 谷口はその男に近づいて声をかける。


「すいません」


「! な、なんだ?」


 男は谷口を見て、大きく目を見開いた。

 その驚き方は普通じゃない。

 やっぱり……谷口は確信した。


「あなたは先日、『いもうとカフェ・きゅン』の前にもいましたね。これは偶然ではないですよね?」


「ひ、人違いだ!」

 男は明らかに動揺していた。

 

 先日谷口が浩介と雪奈と一緒に、ひながいるカフェを訪れた時。

 一番最初に店の外へ出た谷口は、いつもの癖で不審な人物がいないかどうか辺りを見回した。

 SPとしての一種の職業病だが……その時たまたま、怪しい人物を見かけた。


 細身の中年男性。

 ロン毛で後ろにまとめた髪は、前の部分が既に薄くなりかけていた。

 顔色も悪く、落ち窪んだ目元。

 見るからに怪しい人物が、カフェの入口を凝視していた。


 男は谷口と目が合うと、そそくさとその場を立ち去った。

 谷口は気になったが、ひなちゃんの話では不審者情報もない。

 杞憂だと思っていたのだが……。


「いいえ、人違いではないですよ。自分は政府要人のSPをしています。特徴のある人物の人相を間違えることはあり得ません」


「クッ……」


 男は顔をしかめた。


「あのカフェのスタッフのストーカーか何かですか? だったら警察に通報しますよ」


 谷口はカマをかけた。

 これぐらいのことで警察は関わってくれることはない。

 しかし……男の反応は分かりやすかった。


「ち、違う! ストーカーなんかじゃねえ!」


「ストーカーは必ずそう言うんです」


「クソッ! そういうお前こそ誰なんだよ!」


 男は反撃してきた。


「お前こそ、ひなとひめのなんなんだ!? ひなの先生っていう感じでもないな!? それともゆめの新しい男か!?」


 今度は谷口が狼狽する番だった。


「あ、あなたは、いったい……」


 男はハァーっと、大きなため息をついた。

 そして……


「俺は……ひなとひめの、父親なんだよ」

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