SS.08:心の葛藤


 5月も半ば過ぎとなると、少しづつ汗ばむ日も増えてきた。

 週末の今日も浩介たち5人と夏奈は、図書館で勉強をしていた。


 ちょうど前回模試の結果も返ってきていた。

 それもあって全員勉強に集中している。

 特に慎吾は第一志望校にD判定、ひなは……E判定だ。

 エンジン全開とならざるを得ない。


 とはいっても、たまの週末には息抜きも必要だろう。

 図書館での勉強を終えた夕方、大山家のリビングはとてもにぎやかだった。


「谷口さん、ようこそ。いろいろと話は伺っていますよ」


「こちらこそ、大山君にはいろいろお世話になっているんです」


 春樹と谷口が挨拶をしている。

 ひなとひめが、それを隣で眺めていた。


 今日は懸案だった6人での食事会だ。

 テーブルの上には、いろんな料理が並んでいた。

 ひめが持参したビーフシチュー、雪奈からは唐揚げと焼きそば。

 そして春樹が注文したデリバリーのピザもある。


 全員で乾杯して食事会が始まった。

 谷口はノンアルコールビールを飲んでいる。

 ひなは谷口の隣で、おとなしめだ。

 相変わらず借りてきた猫みたいになっている。


「勉強の方はどうだい?」

 春樹は受験生たちに聞いた。


「俺はまあ普通」

「私は、もうちょっと頑張んないといけないかもです」


 浩介と雪奈がそう答えると……


「ひなは……今はちょっと絶望的です。第一志望にE判定で……」

 ひなは小さい体をいっそう小さくしてしまった。


「ひなちゃん、大丈夫だよ。夏休みで伸びる受験生は伸びてくるから」

 谷口はひなを励ます。


「はい。谷口さんに言われた通り、目標は高く持とうと思ってます!」

 ひなはなんとか顔を上げて、持ち直した。


 それから6人は食事をしながら、いろんな話で盛り上がった。

 中でも谷口の自衛隊での話やアメリカ陸軍での研修体験の話は、いろいろと面白かった。

 そんな谷口は、「年齢イコール、彼女いない歴」らしい。

 だからこんな風に美女3人に囲まれて、緊張していると話している。


 しかしその話しぶりや口調から、彼の誠実さが垣間見えた。

 嘘や適当なことを口にしない。

 そんな人柄がうかがえるのだ。


 ひなは谷口のそんなところに、とても好感を持った。

 誠実でやさしい。

 そして精神的にもずっと大人だ。

 会食中もたびたび、谷口のことをちらちらと見上げていた。


「あ、私ここに行ってみたいです」


 突然のひめの言葉に、全員がその視線の先にあるテレビに注目する。

 バラエティ番組のグルメ特集で、「海辺のイタリアンレストラン」とテロップが出ている。


「これはどこかな?」


「自分、ここ知ってますよ。県内で高速を使えば車で1時間半ぐらいのところです」


 春樹の質問に、谷口が答えた。


「うわぁ、素敵。海が目の前なんだね」


「ペスカトーレ、美味しそう!」


 雪奈とひなも、テレビにくぎ付けだ。


「じゃあ皆で、行ってみませんか? 半日もあれば、ランチを食べて帰って来れますよ。自分も車だせますし。受験生も……半日だったら、気晴らしにどうかな?」


「ひな、行きたいです!」


「いいねぇ、谷口さん。じゃあ計画しようか」


 谷口の提案に、ひなと春樹が賛同した。

 他の皆も、もちろん異論はない。

 全員のスケジュールを確認して、2週間後の日曜日に半日ドライブの計画があっさりと決まった。


           ◆◆◆ 


 その日は快晴のドライブ日和となった。

 浩介達6人は車2台に分乗して、『海辺のレストラン』に向かっているところだ。


 本当は1台に全員乗れればよかったのだが、谷口の車は5人乗りのセダンだ。

 なので谷口の車に浩介、雪奈、ひなが乗った。

 そしてひめが運転する軽自動車の助手席には、春樹が乗っている。

 松葉杖を使いながら、春樹は車に乗るのに手こずっていた。

 

 谷口の車の助手席には、ひなが座っていた。

 助手席に女性を乗せるのが初めての谷口はとても緊張していたが、それ以上にひながカチコチになっていた。

 見かねた雪奈が後部座席から、いろいろと話題を振って場を和ませた。

 すると徐々に4人での会話が弾むようになった。


 高速を1時間ぐらい走ってから、一般道に入る。

 海沿いの道に入ると、徐々に渋滞し始めた。

 それでも目的地のレストランには、予約時間の10分前に到着することができた。


 6人はレストランに入ると、窓側のテーブルに案内された。


「海がきれい」 

「素敵なとこだねー」


 窓から見えるオーシャンビューに、雪奈とひなが感動している。


「谷口さん、予約してくれてありがとう。助かったよ」


「いえいえ、自分もこんなに混んでいるとは思いませんでした」


 春樹の言葉に、谷口は恐縮した。


 料理を注文したあと、テーブルの6人は話に花が咲いた。

 ひなは隣に座っている谷口を、ちらちらと眺めていた。

 やっぱり8つも年下だと、子供にしか見えないのかな……ひながそんな心配をしているあいだに、料理が運ばれてきた。


「春樹さん、このペスカトーレ美味しいですよ」

「このクラムチャウダーもイケるよ。ひめさん、少し食べてみるかい?」

「ひなちゃん、シーフードピザ食べる?」

「は、はい! いただきます!」


 料理はどれもこれも美味だった。

 6人はよく食べ、よく語った。


「谷口さんは、一人暮らしされてるんですよね?」

 雪奈が質問した。


「ああ、そうだよ。実家は新潟でね。今はマンションで一人暮らしなんだ」


「お料理とか、されるんですか?」

 今度はひなが訊いた。


「うーん……あまりやらないかな。やっぱり仕事の時間帯がまちまちで、突発的な仕事もあったりするからね。外食かコンビニで済ませることが多いかな」


「ババア……いや、あの官房長官のSPですもんね。それだけで凄く激務のような気がしますよ」


「まあ時間が読めないという意味では、楽ではないかな。でもあと少しで終わりだから」


「終わりって……どういうことですか?」

 

「自分の任期は、今回の官房長官の任期中ということにしてもらってるんだよ。衆議院の任期は来年の4月が満了だから、そこが最長になるかな。その前に解散したらもっと早くなるけどね」


「谷口さんは、そのあとどうなるんですか?」 

 ひなは少し心配そうだ。


「多分自衛隊に戻ることになると思うよ。ただ……配属はどこになるかはわからないけどね」


「えっ? ど、どこか遠いところに行っちゃうこともあるんですか?」


「え? ああ……自衛隊基地は全国にあるからね。どこに配属になるかは、わからないよ。まあ自衛隊あるあるだね」


「そ、そうなんですね……」

 

 ひなが目に見えてしょんぼりした。

 そしてそんなひなの姿を見て……谷口も心が落ち着かなかった。


 今まで女性と付き合ったことがない谷口だが、こんな可憐な少女が自分が遠く離れてしまうかもしれないことに、心を痛めてくれている。

 その事実に、谷口はますますひなに心を奪われていく。


(ひなちゃんは……まだ高校生なんだぞ)


 谷口の心の葛藤は、もうしばらく続きそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る