SS.07:ナイスアイディア


「いいんでしょうか、ご馳走になってしまって」


「いいんですよ。何のおもてなしもできなくて……またゆっくり、いらして下さいね」


 谷口とゆめがレジの前で話しているのを、浩介たちは聞いていた。

 どうやらゆめが、ご馳走してくれるらしい。


「すいません、俺たちまでご馳走になっちゃって」

「お言葉に甘えます。ありがとうございます」

 浩介と雪奈も、お礼を言った。


 4人で店を出る。

 浩介たちは駅まで少し歩かないといけない。

 谷口は仕事に戻るので、逆方向だ。


 ところが一番最初に店の外に出た谷口が……なぜか固まっていた。

 ある一点を見つめ、微動だにしなくなっている。

 その視線は……仕事中のSPそのものだ。


「ひなちゃん」


「?……はい」


「最近この辺で、不審者とか出ていないかい?」


「えっ? いえ、そういう話は聞いてないですね」


「そっか……ごめんごめん。それじゃあ、また。今日はありがとう」


「あ、あの!」


 ひなが谷口さんに声をかける。


「ときどきLimeで連絡しても、いいでしゅか?」


 モジモジモードのひなは、噛みまくりだ。

 一体誰だ、これ?

 浩介はツッコミを必死でこらえる。


「ああ、もちろん。自分も連絡させてもらうね」


「はいっ!」


 元気よく返事をして谷口さんを見送るひなの顔は、いままで見たこともないようなオトメの顔だった。


        ◆◆◆ 


「なんかね、ひなと谷口さん、Limeのやり取りしてるみたいだよ」


「そうなんだな。でも谷口さん、忙しいんだろ?」


「そう。だから既読が全然つかない時があるってボヤいてた」


 週末、雪奈は浩介の家に来ていた。

 おかずのハンバーグと唐揚げを持参している。

 夕食までの時間、浩介の部屋で一緒に勉強だ。


 勉強を始めてから、2時間半は経っただろうか。

 二人共ちょっと疲れ気味だ。


 雪奈は入試問題集に取り掛かっていた。

 都内のカソリック系大学の名前が書いてある赤い問題集だ。

 雪奈いわく、かなり手強いらしい。


「ちょっと疲れちゃった」


「ああ、そうだな。それにそろそろ、夕食の時間だ」


「ねえ……」


「ん?」


「キスして……」


「……」


 最近雪奈は、二人きりになると浩介にキスをせがむことが多い。

 浩介としてはそれはそれで嬉しいのだが、歯止めが効かなくなりそうで困るのだ。


 実は二人の間で、体の関係になるのは受験が終わってからにしようと決めた。

 一度関係を持ってしまうと、おそらくその事ばっかりに意識がいってしまうだろう。

 特にオスはサル化してしまうケースが多いらしい。

 それではお互い困るので、そうすることに決めたのだ。


 軽いキスをしたあと、浩介は雪奈を抱きしめる。

 しばらくしてから、2人ともリビングに出た。


「おー雪奈ちゃん、勉強は捗ったかい?」


「は、はい。ちょっと疲れちゃいました……」


 少しだけ雪奈は目を泳がせた。

 そんな雪奈から春樹の目を背けさせるように、浩介はキッチンにいる女性に声をかける。


「ひめさん、こんばんは」


 浩介は、ひめがおかずを持ってきてくれることは前もって聞いていた。

 なので今夜は4人で夕食を取ることになる。


「こんばんは、浩介君、雪奈ちゃん。おじゃましてます」


 ひめは、鍋で何かを温めなおしていた。


「ひめさん、それなんですか?」


「カレーよ。シーフードカレー、作ってみたの」


 それは美味しそうだ。

 カレーなら、ハズしようもないだろうしな。

 浩介は急にお腹が空いてきた。


 雪奈もキッチンへ入って、一緒にハンバーグと唐揚げを温めなおし始めた。

 美女2人がキッチンで仲良く調理している。

 浩介と春樹は、その様子を微笑ましく眺めていた。


 テーブルの上に料理が並んだ。

 カレー、ハンバーグ、唐揚げと、高校生大好きメニューのオンパレード。

 4人でいただきますをして、食べ始める。


 シーフードカレーの芳香が食欲を刺激する。

 上から見ると、イカやエビも入っている。

 スプーンを入れてみると……ガリッと音がした。


 よく見るとアサリが殻ごと入っている。

 いやボンゴレならいいと思うが、カレーではどうだろうな。

 確かにシーフードだけど。


 そう思ったのは、どうやら浩介だけではなかったようだ。

 作ったひめ本人も、「これ、食べにくいですね」と言って全員分のフォークを持ってきてくれた。


 4人は食事をしながら、いろんな話をした。

 春樹のケガの回復は順調のようで、そろそろ松葉杖は1本でも良さそうな感じみたいだ。

 本人曰く、松葉杖は1本と2本とでは随分違うらしい。


 浩介と雪奈は進路の話題。

 ひめは病院での仕事の話をしていたのだが……


「あの……ひとつお願いというか、提案というか……」

 ひめが口ごもった。


「なんだい?  ひめさん」

 春樹はビールが入ったコップをテーブルに置いて、先を促す。


「えっと……ひなのことなんですけど」


「ひなが、どうかしたんですか?」

 雪奈がちょっと心配そうに言った。


「うん、ひなが谷口さんっていう人と連絡を取ってるらしくてね。それでひなは、『お休みの日があったら、どこか遊びに連れてってもらえませんか?』ってLimeしたらしいの」


「ふふっ、ひな、積極的ですね」


「そうね。私と違って社交的だしね」

 ひめは苦笑する。


「ところがひなはお願いしたのはいいんだけど、谷口さんから『どこか行きたい所あるかな?』て聞かれて、逆に困ってるみたいなの」


「あー、なるほど……」

 浩介はなんとなく理解する。


「女子高生の行きたいところと、25歳の社会人の行きたいところ、かぁ」

 雪奈は視線を斜め上に向けながら考える。


「それこそ無難に映画とかじゃ、ダメなのか?」


「私もそう言ったんだけどね」

 ひめが浩介の話を拾う。


「やっぱりひなも、二人っきりはまだ緊張するみたいなのね。だから……ここでの食事会に2人を呼んだらどうかなって。ちょうど私が春樹さんの退院祝いに呼んでもらった時みたいに」


「ひめさん、それナイスアイディアですよ!」

 雪奈が賛同する。


「食事の用意は私と雪奈ちゃんがすれば、春樹さんの食事の心配もないし。皆で食事できたら楽しいと思うの」


「うん!それはいい考えだね。僕も是非、その谷口さんに会ってみたいよ。浩介も街で不良から助けてもらったんだろ? お礼も言いたいしね」


 浩介は春樹にも、一応その話で通していた。

 官房長官に呼び出されたとは、さすがに言えない。


「じゃあ決まりだな。また日程を考えよう」


 浩介はそう言うと、フォークとスプーンでアサリの身を殻からはずし始めた。

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