SS.06:新形態のひな


 今日は木曜日。

 時刻は午後の4時半過ぎ。

 場所は「いもうとカフェ・きゅン」の店内。


「なあ、雪奈」


「なあに?」


「俺たちの前で顔を赤らめて下を向いたまま、モジモジしている小動物は……ひょっとして、ひなか?」


「うん、多分そうだと思う」


「うっさい! 聞こえてるわよ!」


 浩介は谷口と連絡を取り、ひなと会わせるためのセッティングをした。

 谷口は、たまたまこの時期官房長官の応援演説やら政府分科会やらでスケジュールがいっぱいで、なかなか時間がとれなかった。

 なんとか木曜日の16時から18時なら時間が取れるということで、この日になった。

 従って学校帰りの浩介達は、3人共制服のままだ。


 浩介と雪奈の正面に、ひなと谷口が横並びで座っている。


「なんだか……やっぱり自分は場違いだね」

 谷口は、自虐的に苦笑する。


「そんなことないですよ。そんなこと言ったら、俺だって場違いです」


「いやいや、3人の高校生に囲まれるスーツ姿のおっさんていうのは、絵的にどうかなって」


「そんな……谷口さんは、おっさんなんかじゃないですよ」

 雪奈がなんとか取り繕う。


 確かに傍から見れば、違和感がないわけじゃない。

 スーツ姿の20代男性。

 学生服の男子高校生。

 制服姿の美人JK2人。

 どういう集まりなのか……ちょっと怪しい感じもするかもしれない。


「あのっ!」

 今までずっとおとなしかったひなが顔をあげて、谷口の方へ向き直った。


「あのとき、助けてくれてありがとうございました! ずっとお礼を言いたかったんです!」


「あ、いやいや。あの時は勤務中だったからね。長居できなかったし……あれからあの連中、来たりとかしてないかい?」


「はい、大丈夫です。それより顔の怪我は、大丈夫ですか?」


「ああ、あんなのは全然大したことないよ。昔から空手の練習で寸止めが流れて当たることなんて、よくある事だったからね」


 それから谷口さんは、不良のパンチをわざと避けずに当たったことを教えてくれた。


「そんなことが、できるんですか?」

 浩介は驚愕した。


「うーん……あの時相手が振りかぶった時に、あーどうしよう、って迷ったんだけどね。とりえあず当たっとくかって。すこしポイントをずらしたつもりだったけど、失敗したよ。鼻血が出てくるとは思わなかった」

 谷口は、ちょっとぎこちない笑顔を浮かべた。


「でもあの時、えーっと……自分もひなちゃんって、呼んでいいかな?」


「は、はいっ! おなしゃす!」

 ひなは噛みすぎて、野球部員みたいになっている。


「うん、ひなちゃんが止めに入ってきてくれたからびっくりしてね。ひなちゃん、ああいう時はおとなしく下がっていないとだめだよ。怪我とかしたら、大変だからね」


 谷口さんが言い聞かせるように言うと、ひなは「はい……」と言った後、顔を赤くしたまま俯いてしまった。


「失礼します。こんにちは。谷口さんですね」


 その声の主に全員注目する。

 落ち着いた声で挨拶をしているのは、もちろん店主のゆめだ。


「先日は娘の危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございました。私からもどうしてもお礼を申し上げたくて……わざわざお越しいただいて、すいませんでした」


 ゆめが腰を折って、深く頭を下げている。


 集まる場所をこのカフェにしたのは、ゆめの意向だった。

 ひなが相談したところ、ゆめもどうしてもお礼が言いたいので連れてきてほしいと頼まれたそうだ。


 谷口さんも立ち上がって、深く頭を下げた。


「いいえ、自分はそんな大したことは……とりあえず娘さんにお怪我がなくて、よかったです」


「なにもお構いできませんが、ゆっくりしていって下さいね」


 そういってゆめは一旦奥に戻ると、今度はトレイの上にサンドイッチ2つとフライドポテトを乗せて戻ってきた。


 それをテーブルの上に置いて、ごゆっくり、ともう一度言って下がっていった。


「注文してないけど……いいのかな?」

 雪奈は呟いた。

 浩介たちが注文したのは、いままで飲んでいたドリンクだけだ。


「いいのいいの。サービスだから。って言っても、こんなんじゃ足りないかもしれませんけど……」


 ひなは谷口を見上げてそう言った。


 浩介たちはサンドイッチとポテトをつまみながら、お互いいろんな話で盛り上がった。

 谷口は男子高校、国立防御大学、自衛隊と進んだため、女性とは殆ど縁がなかったこと。

 大学時代や自衛隊時代のおもしろい裏話。

 浩介やひなたちの、高校生活の話。

 そして、これからの進路の話。


「大山くんは、東大を目指しているんだったね」


「はい。医学方面の勉強をしたいと思っています」


「凄いよねー。東大理3とか、凡人には考えられないよ。ひなちゃんは、将来なにかやりたい事とかあるのかな?」


「え? えっと、ひなは……」

 ひなは言い淀む。


「ひなは、学校の先生になりたいんだよね?」

 雪奈が口を挟んだ。


「ちょっと雪奈……でも、全然成績が悪くて、自信ないんです」


「これから頑張ればいいと思うよ。それに実現可能な範囲で、目標は一番高くしておいた方がいいと思う。たとえば目標を100に設定したら、普通はどんなに頑張っても120の結果は出ないからね。だったら最初っから、目標を120に設定するべきじゃないかな。なーんて偉そうなこと、言える立場じゃないけどね」

 谷口は、少し自虐的に笑った。


(谷口さんは、やっぱり大人だな……)

 浩介はそんなことを思った。


 決して饒舌ではないが言葉の一つ一つが口からではなく、ハートから出ているような感じがする。

 その誠実さが、体から滲み出ている。

 そして頭の回転も早く、話題も豊富だ。

 まわりの話をよく聞き、その上で返してくれている。


 浩介はこっそり、ひなの様子を盗み見る。

 ひなは頬を紅潮させ、少し目を潤ませながら上目遣いに谷口さんを見ている。

 いつものヘラヘラモードでもマジモードでもない。

 新形態、モジモジモードだった。


 一方で谷口のひなを見る表情も、少し硬い。

 話をするのが初めてだし、緊張しているせいもあるだろう。


 まあこれからゆっくりだな……

 自分たちの正面でLimeを交換している2人を見ながら、浩介は心のなかで呟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る