SS.04:図書館の帰り


 週末の金曜日。

 浩介達5人は夏奈をつれて、市内の図書館へ来ていた。


 早めに行ったのがよかったのか、図書館の端の方で6人分空いている席があった。

 浩介達はそこを陣取って、勉強を始めた。

 

 席は4人用と2人用。

 4人用の席に、浩介、雪奈、葵、慎吾の順番。

 2人用の席は、ひなと夏奈が座った。


 浩介は最初、入試用の赤い問題集に手をつけた。

 隣の雪奈も、問題集をやりだした。


 しばらくすると、ひなと夏奈が小声でヒソヒソとやりはじめた。

 どうやら夏奈が、ひなに数学の質問をしているようだ。


「……これ、ちょうどひなもこの間やったとこ。中学までちょっと遡らないといけないんだけど……」


 浩介は驚いた。

 ひなが中学レベルからおさらいを始めていた。

 たしかにひなの場合、基礎力が足りないので英語も数学も中学レベルからおさらいをする必要があるとは思っていたが……。


 ひなは本当に努力家だな。

 浩介は改めて感心した。


 それからしばらく浩介は問題集を続けていたが、ちょっと飽きてきた。

 浩介は立ち上がって、書棚を見て回ることにした。

 医学書のコーナーへ行ってみる。

 適当に2冊抜き出した。

 ひとつは「からだの地図帳」という図解本。

 もうひとつは遺伝子工学の本だ。


 浩介は席に戻り、図解本を開く。

 これがなにげに面白い。

 筋肉・骨などの人体構造やその役割、血液成分に至るまで細かく記載されている。

 あらためて知ると、人の体って本当によくできている。

 目の構造なんて、どうやったらこんなオートフォーカス機能が備えることができるのか、不思議でならない。

 浩介は子供のように、夢中になって読んでいた。


        ◆◆◆


「ものすごく集中して読んでたね」

 雪奈は浩介に声を掛けた。


 浩介達は5時頃図書館を出て、駅に向かって歩いていた。


「ああ、あの本面白かったんだ。人の体って、改めて凄いなって思ったよ」


「そうなんだ。浩介がお医者さんになったとこ、早く見てみたいな」


「まあ……医者かどうかはわからないけどな。研究者の道かもしれないし」


 志望大学は東大理3に絞った。

 浩介はそんな話をしたとき、雪奈は「うん、浩介君ぜったいそっちの道に行くべきだと思うよ」と賛同してくれた。

 自分がどこまでできるかわからないが、もし大山俊介から譲り受けた才能というものがあるのなら、それは自分の手で救えるものは救うべきだという教示なのかもしれない。

 浩介はそんなふうに考えるようになった。


「ひな、お腹すいたよー」


「でも、もうすぐ夕食の時間やで?」


「皆が寄るんだったら、僕も何か食べていってもいいけど?」


 たしかにこの時間は、小腹がすくよな。

 皆どうするんだろ。

 浩介はそんなことを考えてながら歩いていた。


 駅前広場にさしかかると、人だかりができている。

 それも……かなりの人数だ。


「有名人でも来てるんですかね?」

 夏奈は声を上げる。


 もう少し近づくと、その正体がわかった。


「あ……」


 浩介は思わず声を漏らしてしまった。


 今週末はこの県の知事選挙がある。

 その選挙演説だった。

 選挙カーの上から、大声を張り上げている女性がいる。

 自由党候補者の応援演説だ。


 白のブラウスに、黒のタイトのミニスカート。

 ショートカットでそのスタイルと美貌は、あいかわらず人並外れたオーラを伴っていた。


 大池百合子、内閣官房長官。

 その人だった。


 さすがは政府のスポークスパーソン、知名度は抜群である。

 元キャスターで美人とくれば、なおさらだ。

 おびただしい数の聴衆が、彼女の演説に耳を傾けている。


「あ、大池官房長官だ」

「スタイルええなぁ。50代には見えへん」

「僕は実物を見るのは初めてだよ」

「ひなも初めて!」

「美人ですよねぇ」


 5人とも突然の有名人に、気を取られている。

 浩介は、できるだけ早く立ち去りたかった。

 これだけ人がいれば、まず気づかれることはないだろう。

 でも万が一、向こうに気づかれると面倒くさいことになる気がしたのだ。


 浩介は選挙カーをチラ見しながら、駅へ急ぐ。

 あとの5人は大池官房長官の演説をガン見しながら、歩くのがゆっくりになった。


 車の正面から横側を回って、そのまま駅へすり抜ける。

 浩介が安堵しかけたそのときだった。


「あ ゛ーーーー!!」


 突然、ひなが大声を上げた。

 浩介たちの周りの聴衆が、いっせいに振り向いた。

 ひなは片手で口を抑え、もう片方の手で選挙カーの上を指差していた。


「な、何だ? ひな、どうした?」


「あ、あの人だ!」


 浩介はひなの指差す先を見る。

 選挙カーの一番上。


 演説が一瞬止まり、目を大きく見開いてこっちを見ている大池官房長官。

 その隣で……同じく大きく目を見開いていて驚愕の表情を浮かべている人物……。

 大池官房長官のSP兼秘書、谷口だった。

 

(た、谷口さん……だったのか?)


 浩介は内心驚愕したが、表に出さずにいた。


 選挙カー上の大池官房長官は驚きの表情を緩め、ニッコリ笑ってこちらへ手を振ってきた。

 おそらく浩介を認知したんだろう。


 駅前の聴衆ほぼ全員の視線が、浩介たちに向けられる。

 全員ちょっとひるんだが、ひなと浩介を除いた4人は官房長官に手を振り返している。

 そして再び演説を始めると、聴衆の視線はまた選挙カーの方へ向けられた。


 一方で谷口の視線は……同じように浩介とひなを認知したんだろう。

 一瞬にっこりと破顔し、そしてまた鋭い視線をまわりに向けた。

 選挙カーの上から不審者のチェックをしているようだった。


「あの人……大池官房長官のボディーガードだったんだ……」

 ひながそう呟いた。


「ひな、確認だが……ひなを助けてくれた人は、あのババア……大池官房長官の左側の、髪の短いがっしりした男の人で、間違いないのか?」


「うん、そうだよ。間違いない。今、こっちを見て笑ってくれた……と思う」


 なんという偶然だ……。

 確かに官房長官の SP だったら、腕が立つはずだよな。

 さて、どうしたものか……。

 浩介は頭を悩ませることになった。

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