SS.03:谷口誠二郎


「こちら谷口。異常ありません」


 騒動の中で警官2人がこちらにやって来るのが見えた。

 ツインテールの女の子がそちらへ気を取られている間に、谷口は路地裏へダッシュで身を隠した。


『なにやってたんだ、谷口? ずっとインカムをオフにして、心配したぞ』


「すいません。ゴキブリを3匹駆除してました」


『ゴキブリ? それに…… 声もなんだか変だぞ』


 谷口は両方の鼻の穴にティッシュを詰めている。


「大丈夫です。ちょっと花粉症気味で」


『ああ、まあシーズンだしな』



 谷口誠二郎たにぐちせいじろうは、現内閣官房長官、大池百合子のSP兼秘書である。


 来週末、この県で知事選挙が行われる。

 大池官房長官は1時間後、同じ党である自由党候補者の応援演説を駅前で行うのだ。

 谷口はその周辺に、怪しい人物や危険物がないか事前チェックに回っていた。

 それもSPとしての仕事の一部だ。


「それにしても、本当に可愛い女の子だったなぁ……まさに天使だった」


 谷口は大卒4年目の25歳。今年で26歳になる。

 幼少の頃より続けていた空手は、高校では個人組手で全国ベスト8の実力を持つ。


 男子校では身体能力がずば抜けて高い上、成績も極めて優秀だった。

 2次元&アーミーオタクだった谷口は、高校卒業後迷わず国立防御大学へ進学。


 防御大学での谷口は、まさに水を得た魚だった。

 座学・実技ともに極めて優秀で大学を主席で卒業後、陸上自衛隊へ入隊。

 1年目に体力測定、武道、射撃、座学、あらゆる科目で全て同期トップの成績を残した。


 そしてわずか3年目にして、自衛隊より特別選抜研修生としてアメリカ陸軍へ2ヶ月間研修派遣の経験を持つ。

 この研修は通常中堅隊員が選抜されるが、3年目隊員の選抜は異例中の異例だ。

 まさに自衛官の中でも、輝かしいエリートといえる。


 そんな谷口が、大池官房長官の目に止まった。

 是非とも自分の補佐に欲しい。

 それだけ優秀であれば、事務処理能力も高いはずだ。

 秘書とSPが兼任できれば、これほど便利なことはない。


 大池官房長官はアメリカの研修から帰ってきたばかりの谷口を、強引にスカウトにかかった。

 ところがもちろん自衛隊は谷口を離さない。

 すると大池官房長官は、防衛大臣に直談判したらしい。


 結局大池官房長官の任期中の「レンタル移籍」的な扱いで、手打ちとなった。

 つまり谷口は大池官房長官の任期終了後、自衛隊に戻ることが確約されている。

 それほど優秀な人物なのだ。


 さっきの連中とやりあった時、谷口は金髪のパンチを避けようかどうしようか迷った。

 ただ被害者に回ったほうが、あとあと交渉が有利になる場合が多い。

 なのである程度見切ったうえで、パンチを受けることにした。

 結局、やり返すことになってしまったが……。


「いもうとカフェかぁ……あそこに行けば、また会えるのかな……」


 小柄な体躯。

 色白で、ネコ目の愛らしい表情。

 清らかなツインテール。

 そして……自己主張の強い胸。

 パッツンパッツンのTシャツの上から、ブラのレースが透けて見えていた。

 免疫のない谷口が、鼻血を噴射してしまったのも無理はない。


 中学の卒業文集の『理想の異性』欄に、『ツインテールで妹キャラの巨乳ロリ』と書いた筋金入りの2次元オタクだった谷口とって、ひなはまさに理想を具現化した女の子だった。


 非番の日にでも行ってみるか……。

 そんなことを考える谷口だった。


        ◆◆◆


 週明けのお昼休み時間。

 以前と同じように、仲良し5人組は机を囲んで昼食をとっていた。


 聖クラーク高校は3年生になると、理系と文系でクラス分けになる。

 浩介は唯一の理系クラスだ。

 慎吾と葵が同じクラス。

 そしてひなは雪奈と同じクラスになった。


 昼食は浩介のクラスに4人が集まることになった。

 浩介のクラスは理系なので男子生徒が多い中、周りに注目されながらの昼食タイムとなる。


「はぁぁー」


 ひなが大きなため息をつく。


「ひな。なにか手がかりみたいなものって、ないの?」

 ため息を横で聞いていた、雪奈が尋ねた。


「ないんだよねー。警官が来て話をして、振り返ったらもういなかったんだよ」


 ひなは週末バイト中に絡まれたところを、ある男性に助けてもらった話を昼食中にしていた。


「どんな感じの人やったん?」


「うーん、20代半ばくらいかな? 背はコースケと慎吾君の中間ぐらい。がっしりしてショートカットで……ちょっと、カッコよかったかも……」


 めずらしくひなが顔を紅潮させる。

 まあそんな状況で助けられたら、イケメン補正もかかるだろうな。

 浩介はそんなことを考えながら、ひなに聞いてみた。


「でも一瞬で3人の鼻にパンチを入れたんだろ? それはかなりの空手上級者じゃないのか?」


「そう! それもさ、ひなは全然見えなかったんだよ。しかも、鼻の先をかすめるだけで戦闘不能にするって、すごくない?」

 ひなは興奮気味に話す。


「とにかく『尋ね人』は、20代半ばで身長が178センチ前後、胸板が厚くがっしりしていて、かなりの空手使い。そんなところなんだね」

 慎吾が上手くまとめた。


「とりあえず情報通の慎吾に網を張ってもらおう。俺たちもできる範囲で協力するから」


 浩介はそう言うと、他の皆も同じように頷いた。

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