SS. ひなの恋

SS.01:ついてない!

 時計の針を少し戻して……

 高2の春休み、浩介たちが沖縄旅行から帰ってきた翌週ぐらいからのお話です。


            ◆◆◆


(あーもう、ほんっっっとーについてない!……)


 心の中で、ひなはそう叫んだ。


 高2の春休み。

 先週仲間6人で行った沖縄旅行は、最高に楽しかった。

 だからこれからは、受験のために勉強を頑張ろう。

 学校が始まったら、このバイトも辞めて勉強に集中しよう。

 そう思っていたのだが……母親から他のバイトの子のシフトの都合がつかず、 頼まれてしまったらシフトに入らざるを得なかった。

 

 そして……その結果がこれである。


「なーなーお姉ちゃん、いいからここ座って」

「ツインテール可愛いなー。何歳? ねえ、何歳?」

「おっぱいでけぇー」


 いもうとカフェ・きゅンの店内。

 ひなは3人の筋の悪い客に絡まれている。


 金髪ロン毛、ブラウンのツーブロック、ピンクメッシュ。

 3人とも既に見た目がイケてない。


 そして3人ともビールを飲んでいる。

 金髪はすでに3杯目だ。

 年齢確認をしたが、3人とも二十歳だった。


「いやー、そういうサービスはしてないんですよー」


 この店では、基本的にお客さんの席に座るようなことはしない。

 まれに常連さんと話が長くなりそうなときは、座ることもある。

 ただそれも、もちろん人を選ぶ。

 初見でアルコールが入っている、ガラの悪い3人組など論外だ。


「いーから。座れって言ってんだろ?」

 金髪ロン毛が、ひなの手を引っ張る。


「ちょっと! 離して下さい!」

 ひなが振りほどく。


「いーじゃんいーじゃん。ちょっと一緒にお話しようよ」

「そうそう。固いこと言わないでさー」


 冗談じゃない。

 あんたたち、店を間違えてるよ。


「ここはそういうお店じゃないんです! それ以上騒ぐようだったら、もう出てって下さい!」


 ひなの声は、思いの外大きくなった。


「なんだと、ゴるぁ? こっちゃー客だぞ! それが客に対する態度か?」


 金髪ロン毛は、かなり酔っ払ってる。

 立ち上がって、ひなを威嚇してきた。


(ヤバい……)


「お客様、困ります!」


 その声の主に、全員注目する。

 見た目はひなによく似ているポニーテール。

 しかし幾多の苦難を乗り越えてきたその形相は、迫力がある。

 オーナーの山野ゆめ。

 ひなの母親だ。


「他のお客様の迷惑です。マナーを守れないようだったら、今すぐ会計してもらって退店願いますか?」


 その言葉には、「異論は認めない」という威厳が感じられる。

 さすがは長年この店を続けてきたオーナーだ。


 その小さな体から発せられた迫力に、怯んだせいもあっただろう。

 3人組は、すっかり興ざめしたようだ。


「あーわかったわかった。出て行けばいいんだろ? 出てってやるよ」

「まったく。酔いがさめるわー」

「ないわー」


 3人は立ち上がり、ゆっくりと出口の方へ向かう。

 そしてそのまま店の外に出ようとした。


「ちょっと、お金!」


 ひなは叫んで、3人の後を追っかける。

 散々騒いだ挙句、無銭飲食とか。

 冗談じゃない!


 3人はもうすでに店の外に出ていた。

 ひなは追っかけて、金髪の腕を掴む。


「ちょっと、お金払ってよ。 無銭飲食は犯罪よ!」


「なんだ、うっせーな。大体金払うようなサービス提供してねーだろーが!」


「あんたの言うサービスって、どんなサービスなの? モテない男は、大変だね!」


 その言葉に、金髪の顔つきが一瞬にして変わった。

 顔が歪み、こめかみの血管が浮き出ている。

 モテないというのが、図星だったようだ。


 ヤバい……言い過ぎた。

 ひなは後悔した。

 こういう類の客をあしらうのは、たまにある。

 しかしここまで質が悪いのは初めてだ。

 ひな自身も、相当頭にきていた。

 だから加減がわからなかった。


「おまえ!……ざっけんなよ!」


 金髪は右手の拳を振り上げた。

 やられる!

 顔を腕で覆って、目を塞いだ。



「……なんだおめー?」



 だが……拳は飛んでこなかった。

 ひなは恐る恐る目を開ける。


 すると金髪の腕を、後ろからしっかり握って止めている男性がいた。

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