No.59:最終話 未来へ


 そして5月15日、土曜日。

 ついに出国の日がやってきた。

 ボストン行きの直行便は、夕方のフライト。

 成田空港の出国ロビーは、俺たちのグループでちょっと賑やかだった。


 俺と雪奈。

 桜庭家の3人、達也さん、美咲さん、なっちゃん。

 オヤジに、ひめさんも駆けつけてくれた。

 京都から慎吾に葵もわざわざ見送りに来てくれた。

 そして今日、ひなは彼氏と一緒だ。


「雪奈のこと、よろしく頼むよ……。」

「ユキも浩介くんも、体に気をつけてね」

「あたしも遊びに行きますからね!」


 達也さんは、さっきから号泣している。

 美咲さんとなっちゃんは、2人で遊びに来る気満々だ。

 雪奈を覗いてみると、それほど感傷的な感じでもない。


「是非皆さんで、遊びに来て下さい」

「楽しみに待ってるね」


 俺たちはオヤジとひめさんの前に移動する。


「ひめさん、オヤジの事よろしくお願いします」


「はぃ……浩介くんも、お体に気をつけて」


 相変わらずひめさんは初々しいな……。


「僕はまだまだ大丈夫だからね」


「何言ってんだ。あれだけ物忘れがひどかったのに」

 俺は悪態をつく。


「浩介……頑張れよ」


「ああ。オヤジ、いろいろありがとな」

 俺はできるだけ軽い口調で返事をした。

 油断したら、感傷的になりそうだったから。


「ホンマに行ってしまうんやなぁ。ウチ寂しいわぁ」

 

「大丈夫だよ、葵。ちょっと時差があるけど、皆でLimeのビデオ通話でもしようよ」


「寂しくなるよ、浩介」


「ああ、俺もだ。慎吾も葵と仲良くな」


 そして最後に、ひなと彼氏のもとへ。


「ひなのこと、よろしくお願いしますね。谷口さん」


「ああ。自分もボストンには研修時代のアーミーの友人がいるんだ。機会があれば、是非そちらにもお邪魔させてもらうよ」

「ひなも一緒に行くかもしれないからね」


 この二人は3月から正式に付き合い始めた。

 俺の知らない間に、2人はもうすっかりカップルらしくなっていた。

 

 大池官房長官の退任に伴い、谷口さんは自衛隊に戻ると思われていた。

 だが谷口さんは官房長官に直訴して、防御大学の常任講師の職を選んだ。

 転勤が多い自衛隊より、地元に留まってひなとの時間を持ちたかったらしい。

 ひな、かなり愛されてるな。


「そろそろ行こうか、雪奈」

「うん、行こう。浩介君」


 俺たちは皆に、もう一度お礼を言った。

 達也さんは、まだ泣いていた。

 そして出国ゲートの方へ入っていく。

 振り返ると、全員手を振ってくれている。

 俺も雪奈も、手を大きく振り替えした。



 出国審査を抜け、ゲートへ向かう。

 途中売店によって、ペットボトルの水を2本購入した。

 搭乗ゲートの待合室で、二人腰掛ける。

 

「皆来てくれたね」


「本当だな。土曜日の出国にしてよかったよ」


「そうだね。葵も牧瀬くんも、京都から来てくれたんだもんね」


「今日は慎吾の家に、2人とも泊まるそうだぞ」


「えーそうなんだ。じゃあ葵の家の方も公認なのかな?」


「いや、そうでもないらしいぞ。葵の家の方には、ホテルに泊まるって言ってるらしい。でも本当はバレてるかも、って慎吾は言ってた」


「へーそうなんだね。なんだかちょっとずつ、いい感じだね」


「ある意味そうかもな」


「ひなも幸せそうだったね」


「そうだな。良いカップルだと思う」


「ひなはね、谷口さんに『将来自分との結婚を考えてほしい。大学を卒業してからでいいから』って、今から言われてるんだって」


「マジか? それはまた気が早いな」


「でもひなもまんざらじゃなさそうなの。ほら、私たちがこうなったでしょ?」


「ああ、そういう……でも俺たちの場合、ちょっと特殊だけどな」


「確かにそうだね」


 雪奈はケラケラと笑った。

 よかった……雪奈はもっと感傷的になるかと思っていた。


「なあ雪奈、俺たち結婚式も挙げてないだろ?」


「うん、でもいいよ。私はこだわらないよ。それにウェディングドレスは着せてもらえたし」


「そうだけどな……ちょっと考えたんだけど、どこかの夏休みを利用してアメリカの西海岸あたりで結婚式を挙げないか?」


「えっ?」


「それで日本から皆を呼ぶんだよ、現地集合にして。ロサンゼルスあたりだと、ちょうど中間地点だろ?」


「あ、それいいね! 素敵だと思う」


「だろ? だから今のうちに、皆にパスポート取っておくように言わないとな」


 それぐらいの楽しみがあってもいいよな。

 オヤジとひめさんにも、楽しんでもらいたい。

 あ? でもオヤジ、金あるかな?


 そんなことを考えていると、搭乗案内が始まった。

 俺たちもゲートを抜けて機内に入る。

 席番号は30Aと30B。

 雪奈は窓際だ。


 程なくしてドアクローズとなって、機体は滑走路へ移動していく。

 幸いなことに、30Cは空席だった。


「あ、あそこに皆いるよ」


 雪奈が指をさす窓の外を見ると、ターミナルビルの上に米粒大の大きさの人影が見える。

 人数と服の色から、皆が見送ってくれているのが分かった。

 雪奈は一生懸命、手を振り返していた。


「雪奈……俺、絶対に幸せにするからな」

 俺は雪奈の肩越しに呟いた。


 えっ? と驚いたように、雪奈は振り返る。


「ふふっ、ありがと。でも浩介君……人が人をまるごと幸せにするって、重くない? 私はそんなに重たい女になりたくないなぁ」


 雪奈は俺の正面に向き直った。



「だから浩介君、二人で一緒に歩いて行こう。ずっと一緒に。私は浩介くんと一緒だったら、どんな時だって幸せだよ」


「雪奈……」


 

 雪奈はふわりと笑った。

 俺は……幸せだった。

 最高の女神に出会えたこの奇跡に、心から感謝した。


「ねぇ」


「ん?」


「キスして」


「……仰せのままに。女神様」


「なにそれ」


 俺は雪奈の頬に手を添えて、軽いキスをした。


「展望デッキから見られたかな?」


「無理だろ」


「でも谷口さん、高倍率の双眼鏡とか持ってないかな? 自衛隊のやつ」


「怖いこと言うなよ」


 そんな軽口を叩いていると、急にエンジン音が大きくなった。

 機内アナウンスのあと、背中に強いGがかかる。

 機体は長い助走のあと、ふわりと浮かびあがり飛び立っていく。

 俺たちの未来に向かって。



   ーーーー FIN ーーーー


※ このあとサイドストーリー「ひなの恋」がもうしばらく続きます。

  引き続きお付き合いください。

  よろしくお願いします。

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