No.58:渡航準備


 3月の下旬、慎吾と葵が京都へ行ってしまう前に、皆で集まることにした。

 いつもの5人になっちゃんが加わり、沖縄の旅行メンバーの6人が集結した。

 ゆめさんのご厚意で、いもうとカフェを貸し切りにしてくれた。


「浩介、桜庭さん、いや、もう大山さんなんだね。結婚おめでとう」


「ほんまにおめでとう。いままでの人生で最大のサプライズやわ」


「もうひなもびっくりしたよ。でも、本当におめでとう」


 皆から口々にお祝いの言葉をもらった。


「ああ、ありがとう。俺たちもだけど、ひなもおめでとう。本当によかったな」


「そうだよ、ひな。私も本当に嬉しいよ! ひな、頑張ってたもん」


 俺も雪奈も、ひなの努力をねぎらった。


「ありがとう。でも本当に皆のおかげなんだよ。皆が勉強を教えてくれて応援してくれた。だから諦めずに頑張れたんだ」

 ひなは目にうっすらと涙を浮かべた。


「結局全員、現役で志望校合格だったんですね。凄いです。でも一番のサプライズは、やっぱり浩介さんが本当のお兄ちゃんになったことかな?」


 なっちゃんの一言に、全員が笑顔になった。


「いつアメリカへ行く予定なん?」


「ビザの状況にもよるんだけどね、順調に行けば5月の中旬かな」


「ねえ、雪奈はアメリカでなにするの? 専業主婦?」


「そんなわけないよ……もちろん主婦もするけどね。でも当面は語学学校へ通う予定」


「2人はどういう所に住むんだい?」


「ハーバードの家族寮に入る予定だ。一応家賃は公費負担だから助かる」


「えーいいなー。ひな達が遊びに行っても、泊まるところある?」


「ああ。リビングに泊まってもらってもいいし、ゲスト用の部屋も用意できる。いつでも遊びに来てくれ」


「それええなぁ。なあなあ慎吾、うちらも一緒に行かへん?」


「僕はいいけど、葵ちゃんのお父さんの許可は下りるのかい?」


「うわー、それはやっかいかも……」


 葵は京都に戻って、実家から大学に通うことになる。

 ひょっとしたら、今よりも監視の目が厳しくなるかもしれないな。


「でも8年かー。長いよねー」


「そうは言っても夏休みが長いから、その時は日本へ戻ってくる予定だ」


「私は先々コミュニティーカレッジへ入りたいと思ってるの。それでチャンスがあれば、4大の方へ編入したいと思ってる。できれば8年の間に、アメリカの大学を卒業したいって思うんだ」


 アメリカの四年制大学を卒業するのは、日本のそれよりもずっと大変だろう。

 でも雪奈の将来にとっても、絶対に意味があるはずだ。


「うん、雪奈ならできるんとちがうかな。英語得意やし。大丈夫や」


「そうだね。それに浩介と一緒なんだから、心配することはないよ」


 それから俺たちは、心ゆくまで語り合った。

 俺は楽しくて仕方なかった。

 そして同時に、寂しくて仕方なかった。

 こんなに大切な仲間たちと出会えた。

 でも……これで離れ離れになってしまう。

 しかも日本とアメリカの距離は遠い。


 それでも……俺の隣には雪奈がいる。

 一生、雪奈がいてくれる。

 雪奈がそばにいてくれれば、俺はどんな逆境でも乗り越えていけるんだ。


        ◆◆◆


 4月に入ると、俺たちはますます忙しくなった。

 形式上は一応新婚だが、別々の家に住んだままだ。


 結婚式なんか、用意しているヒマもない。

 それでも記念写真を取ろうということになった。

 地元の写真館で両家の6人が集まった。

 俺と雪奈の2人だけの写真や、集合写真を取った。

 ウェディングドレス姿の雪奈は……それはそれは妖精のように綺麗だった。

 号泣している達也さんに、美咲さんとなっちゃんは少し引いていた。


 その後市内の高級和食割烹で、両家の食事会になった。

 親同士が顔をあわせるのは、もちろんこれが初めてだ。

 オヤジと達也さんは、ベロベロになるまで酒を飲んでいた。


 4月下旬、俺と雪奈はビザ申請のためにアメリカ大使館を訪れた。

 別室で待っていると、ジェラルディン駐日大使が挨拶に来てくれた。

「シュンスケ・オオヤマのお孫さんにお会いできて光栄だよ」と握手を求められた。

 大使もハーバード大卒らしく、大学内のことをいろいろと話してくれた。

 雪奈も大使が言ってることは理解できていたし、多少の会話もそつなくこなしていた。

 大使は最後に「バーバードの学食のクラブハウス・サンドイッチはおすすめだよ」との情報をくれた。


 俺はアメリカ留学を決心してから、トレードの方は完全にストップした。

 大学の費用捻出の必要がなくなったからだ。

 トレード資金の残高は、800万円ちょっと。

 目標の1,000万円には全然届かなかったが、全く問題はない。

 このお金は俺たち2人の将来と、雪奈のアメリカでの学費に当てる予定だ。 


 5月に入ると、いよいよ慌ただしくなった。

 俺たちの出国の日は、5月15日に決まった。

 引越荷物も、すでに搬出してもらった。

 俺の方はほとんど荷物はないが、女性はそうはいかないだろう。

 数多くの段ボール箱を、持っていってもらったらしい。

「調理器具と日本食が大半だよ」と雪奈は笑っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る