No.53:雪奈の反応


「雪奈、試験おつかれ。手応えはどうだ?」 


「うん、悪くないと思う。特にね、第一志望の上賢大は結構できたと思うんだ」


 今日は2月10日。

 学校は既に自由登校期間に入っている。

 俺は雪奈の労をねぎらおうと、彼女の家にお邪魔していた。

 雪奈の部屋で、2人でくつろぐ。


 雪奈の試験は全て終わった。

 合格発表は1週間後ぐらいだ。


 そろそろ話さないとな……。

 俺はなかなか切り出せずにいた。


「雪奈、実は……話さないといけないことがあるんだ」


「え? なあに?」


 俺の真剣な声色に、気配を察したんだろう。

 雪奈の顔も真剣になる。


 俺は順を追って話し始めた。

 官房長官から依頼された、達也さんの会社の件。

 竜泉寺社長に、出資してもらった件。

 俺の祖父、大山俊介の件。

 そして……ハーバード大学留学の件。

 

 説明するのに、長い時間を要した。

 俺が話し終えると、雪奈はしばらく呆然としていた。

 そりゃそうだよな……。


「なにがなんだか……頭の中が整理できないよ……」


「そうだろうな。俺もまだできてない」


「……でもね、一つだけ言えること。浩介君、その留学は絶対に行くべきだよ」


 雪奈は俺の目を真っ直ぐ見て、そう言った。


「雪奈……」


「私、甘く考えてた。浩介君は全国模試トップの優秀な男の子。それぐらいに考えてたよ」


 雪奈は少し寂しそうな表情で続ける。


「でも違った。浩介くんはその天才物理学者のお孫さんで、もし医学の道へ進めばこれから

多くの、世界中の多くの人たちを救うことができる人なんだって」


「大げさだな」


「大げさじゃないよ。そうじゃなきゃ、官房長官とか直々に話をしに来る訳がないじゃない。私、凄いと思う。そんな人が私の彼氏なんて、本当に誇りに思うよ」


 雪奈はやわらかな笑顔を浮かべた。


「私なら心配ないよ。8年はちょっと長いかもだけど……ほら、Limeだってビデオ通話できるし、最低年に1回戻って来られるんでしょ? それに私も遊びに行くよ。そうそう、大学の交換留学制度とかもあるから、それを使えば長期間滞在できるかも」


 雪奈は必死に自分が大丈夫であることの理由を探す。

 それが俺には痛々しかった。


「まだ決定したわけじゃないしな。東大の二次が25日、その留学の試験が28日だ。まずはそこに集中しようと思ってる」


「あ、そうだね。もちろんそっちが先だった」

 雪奈が笑顔を浮かべた。


「その結果次第だけど、先に話しておいたほうがいいと思ってな」


「うん、ありがとう。先に教えてもらえてよかったよ。逆に私の試験が終わるまで待ってもらっちゃって、悪かったね」


「俺も雪奈の試験結果が心配だよ」


「私も。全部落ちたら、浪人だからね。それは洒落にならないかも……」


「大丈夫だろ? 名前を書き忘れてない限り」


「そ、そんな不吉なこと言わないでよ」


 雪奈はようやく明るく笑った。

 俺はちょっと想像してみた。

 この笑顔が、そばで見られない日々が続くかもしれない。

 そんな未来に、俺は耐えられる自信はなかった。


         ◆◆◆


 私立受験組の結果が、続々と入ってきた。

 俺たちはグループラインで、都度連絡を取り合っていた。

 ただ……雪奈に頼んで、俺の留学の話は伏せておいてもらっていた。


 まず雪奈は第一希望だった上賢大学の外国語学部英語学科に合格、他の2校も無事合格した。

 俺はほっと胸をなでおろす。

 

 心配していた慎吾だったが、なんと葵と共に京都の同命社大学に無事合格。

 2人とも雅さんの後輩になるわけだ。

 学部は違うが、2人揃ってキャンパスライフを送ることになる。


「皆が勉強を教えてくれたからだよ。本当にありがとう!」


 慎吾からは喜びのメッセージ。

 4月からは京都に一人暮らしになるわけだな。


 ところが……ひなは残念ながら、都内の教育系私立短大に落ちてしまったらしい。

 あとは背水の陣で、地元の相模国立大学教育学部の二次試験に備える。

 ひなの家庭はシングルマザーで、経済的にもそれほど余裕がないらしい。

 以前ひなは、浪人は絶対にしたくないと言っていた。

 もう後がない。


「仕方ないよ。でも最後まであきらめないで頑張る!」


 ひなはそうメッセージを送ってきた。

 俺はひなの頑張りが本当に報われてほしいと、心から願った。


「国立の二次試験、一緒に頑張ろうな!」

 俺はひなにエールを送った。


 そして2月25日。

 その国立の二次試験がやってきた。

 俺はいつもどおりの心構えで試験に相対した。

 手応えもいつも通り。

 あとは結果を待つだけだ。


 三日後の28日。

 俺は国費留学の試験を受けた。

 試験の内容は、筆記と面接。半日で終わった。

 

 筆記はどういう問題が出るのかと心配だった。

 あのババア、何が『まああなただったら、問題ないと思うけど』だ。

 かなり高度な問題だった。

 

 レベル的には三日前に受けた東大理3の二次試験の生物と化学を抜粋したような問題だった。

『線虫の細胞分化とX遺伝子の突然変異』とか、普通の高校生に出す問題じゃないぞ。

 ただ俺には三日前まで準備した問題の範疇だったので、回答には問題なかった。

 

 面接は普通の世間話のような感じだった。

 ただ要所要所で性格的に問題がないか、危険的思想の持ち主じゃないか探るような質問があったような気がする。

 大山俊介のことは、一切聞かれなかった。

 俺が生まれる前に亡くなってるから、聞かれてもなにも答えられなかったが。

 

 高校で受ける試験というものを、全て終えた。

 疲労感がハンパない。

 俺はひたすら雪奈に会いたかった。

 雪奈の顔を見たかった。

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