No.51:破格の待遇
「いろいろと突然で、頭の中が整理されてないんですが……」
俺は言いよどむ。
「そもそもなんで俺なんです? それに、いわゆる研修に関する試験みたいなものもないんですか?」
「この研修の対象となり得る人物は、2つの条件を満たす人物なの。ひとつは危険思想を持ち合わせていないこと。それから、類まれなる才能を持ち合わせている人物。有り体にいえば天才ね。それも数十年に一人というレベルの」
官房長官は、鋭い視線で俺を見つめる。
「政府は極秘で全国の高校生と大学生の中から、優秀な人材をつぶさに調査したわ。でもあなた以上に適合する人物が見つからなかった。加えてあなたは大山俊介の才能を受け継いでいて、その明晰な頭脳はすでに証明されているわ。一応試験はあるわよ。まああなただったら、問題ないと思うけど」
俺は小さくため息をつく。
「その研修期間って、どれぐらいの期間なんですか?」
「8年よ」
「8年?!」
俺は声が裏返った。
「それはダメだ。いくらなんでも長すぎる」
「何故? 大学4年と医学大学院が4年。アメリカでは普通のコースだわ」
「いやでも……」
「あなたのお父様はまだお若いわよね。それに国費留学だから、全ての学費と住居に関する費用、それと生活費も支給されるわ。贅沢な暮らしをしなければ、自腹の費用は一切かからない」
「……」
そこまで厚遇なのか。
大学の費用をトレードで稼ごうと考えていた俺にとっては、破格の待遇だ。
それでも俺は……どこか研修に参加できない理由を探す。
「この研修って、ハーバード大学に入学するってことですか?」
「そうよ」
「そんなの、できっこないじゃないですか」
「何故?」
「何故って……日本の高校とアメリカの高校では、カリキュラムが違いますよね。普通日本からだったら、アメリカンスクールとかIBとかのカリキュラムを実施している高校を卒業しないと、アメリカの大学への進学は」
「何を普通の話をしているの? このケースは特別中の特別よ。私の方で、推薦状を用意するわ」
「推薦状? 聖クラークからですか?」
「いいえ、日本政府から」
「はい?」
「そりゃそうでしょう。『この人物はハーバード大学入学に必要十分な学力を有し、且つ人物的にも全く問題ありません』簡単に言えば、そんな内容ね。岸山総理が署名するわ」
官房長官は、なんでもないような口ぶりでそういった。
「ハーバード大のマードック学長と、ホイットマン教育省長官には内諾を得ているわ。問題はないわよ。マードック学長にあなたの話をしたら、『あのシュンスケ・オオヤマのお孫さんか?』って興味津々だったわ」
浩介は返す言葉が見つからなかった。
完全に外堀を埋められている。
あとは……俺の意思次第ってことか。
「それでも……8年は長過ぎますよ」
「気持ちはわかるわ。大山くん、あなたが心配しているのは恋人のことでしょ?」
……いやなババアだ。
「昔と違って、今はビデオ通話も可能だし、会おうと思えば日米間はLCCで安く往来もできる。それに年1回の一時帰国も公費で負担するわ」
俺はまだうつ向いたままだった。
「正直言うとね、最初私はこの話をあなたに持っていくのを躊躇したの。プログラミングが得意なあなたは、てっきり理工系に進むものだとばかり思っていたから」
官房長官の視線を感じる。
「でもあなたは高3になって、医学部に進路を変えた。それは何故? なにか大山くんのなかで、大きな変化があったんじゃないかしら」
ババアは容赦なく続ける。
「もしあなたの心の中で大きな目的・野望のようなものがあるとしたら、この留学制度は最短距離で最高の機会になるわ。聡明なあなたなら、説明はいらないわよね」
俺はまだ、頭の中がぐちゃぐちゃのままだった。
「今後の予定だけ説明するわね。まずは2月25日の東大2次試験に集中してちょうだい。そのあとすぐに、この研修の試験をします。合格となったら、5月のゴールデンウィーク開けには渡米してもらうわ」
「そんなに早く……」
「ええ。あっちの大学が始まるのは10月からだけど、環境とか語学とかにも慣れる必要もあるから。とりあえずこの書類を持ち帰って、お父様と相談してもらえるかしら? もちろん恋人ともね」
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