No.50:呼び出し


 1月の第2週の週末。

 大学入学共通テストの二日目が終了した。


 テスト終了の翌日、俺は自室で自己採点をしていた。

 5教科7科目で900点満点中、俺の合計点は898点。

 国語で1問間違えた以外は、全て満点だった。


 とりあえずはこれでいい。

 ただ東大は、共通テストと2次試験の配点比率が1:4だ。

 だから共通テストの結果は、それほど重要ではない。

 要は2次試験勝負なのだ。


 自己採点を終えて一息ついていると、スマホが振動した。

 Limeのメッセージだ。


 谷口:試験お疲れさまでした。急で申し訳ないのですが、大池先生が至急お会いになりたいそうです。ご都合をお聞かせ下さい。


「大山は過労で死にました」とかメッセージを返したかったが、さすがに谷口さんの顔を潰してはいけないだろう。

 予定もなかったので「これからどうですか?」と返信した。


 1時間後、前回と同じ場所にお迎えに来てもらった。


「本当に急ですね」

 俺は谷口さんに悪態をつく。


「すいません。もっと早く連絡するべきだったようなのですが、やはり共通テストが終わるまで待つべきだろうということだったんです」

 谷口さんも恐縮した様子で、言葉遣いが敬語に戻っていた。


 車はやはり120キロオーバーのスピードで、高速をぶっとばした。

 どこにいくのかと思っていたら、前回と同じ日本料理店で車が停まった。

 そして前回と同じ個室に案内される。


 しばらくすると、紺のスーツできめた官房長官が入ってきた。


「久しぶりね、大山くん。いつも突然でごめんなさいね」

 全然悪そうな気配を見せず、大池官房長官はそう言った。


「本当にいつも突然でびっくりしますよ」


「試験はどうだった?」


「まあまあでしたよ」


「全教科満点じゃなかった?」


「簡単に言ってくれますね。さすがに全教科は無理でしたよ」


「そう。まあ東帝大学は2次の配点が高かったわね」


 大池官房長官はあまり興味もなさそうにそう言うと、ファイルケースからA4でプリントされた紙を俺の前に置いた。



『ハーバード大学、及びハーバード大学医学大学院留学について』



 A4の紙には、そう印刷されている。


「何ですか、これ?」


「単刀直入に言うわ。大山くん、アメリカの大学に進んでほしいの」


「はぁ?!」


 俺は呆れて、それ以上の言葉が出てこなかった。


「まあそういう反応になるわよね。でもこれは以前から計画していた国の方針なの。話を聞いてくれるかしら」


 官房長官は何でもないような口ぶりで、話を続けた。


「かなり前から政府では将来的に日本を医療大国にする、という計画が進んでいたの。高齢化が止まらないこの国では、生産性が落ちていくのは必至。技術力の高い分野で勝負していくしか国際的に残って行く道はない」


「その一つが医療ということですか?」


「そう。昨今のシンガポールがいい例なんだけど、あの国では自国の医療技術を高めるため、 海外から優秀な人材をスカウトして高待遇で招待し、研究開発に十分な環境を与えて医療新技術の開発を国を挙げて進めているの。まあもちろん結果が出ない研究者は、ビザの継続を中断されて自国に返されてしまうんだけど」


 なるほど、シビアな世界だ。


「いま我が国では、それを自国で進めようとしているのよ。世界レベルで優秀な医療研究者を自国で育てる。それも若いうちから」


「その一環が、この留学制度だと?」

 俺は素朴な疑問を口にする。


「そういうこと。優秀な医療研究者を育てると言っても、日本国内では限界があるわ。知っての通り、アメリカのハーバード大学と医学大学院は、世界最高水準の医療が学べる環境にある。教育・施設もさることながら、世界中から集まる優秀な人材と若いうちから意見交換ができる。これは研究者として、一生の財産となるはずよ」


 俺は自分が唾を飲み込む音が聞こえた。


「もちろん研修期間が終わってから数年以内には、日本へ戻ってきてもらうわ。この国の医療水準を高めることは、これから外貨獲得の有効な手段になる。今でも一部の大手病院は、中国や中東の富裕層向けに健康ツアーと称して、健康診断とアドバイス、必要があれば簡易な手術も提供しているけど、それらはほんの小手先」


 官房長官は、机の上のお茶を口にした。


「世界が待ち望んでいるような新薬や医療技術は、外貨獲得だけでなく日本の国際的地位の向上にも直結することになるの。そのためには、優秀な人材の開発が急務。大山くん、あなたにその先陣をきってもらいたい」

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