No.48:閑話 なっちゃんの独り言


「あーもうー……今日も疲れたよぉ……」


 学校からの帰り道、夏奈はため息まじりに独りごちる。


 学校は楽しい。

 友達も少しずつ出来つつある。

 しかし……勉強についていけてないのだ。

 とにかく授業の進み方が早すぎる。


 聖クラークは、 県内屈指の進学校だ。

 それは分かっているつもりだった。

 しかし授業の進め方が、 中学のそれとは全然違う。

 数学も英語も……すべての教科で、 どんどん先へ進んでいく。


 もともと夏奈は、中3になるまでは学年でも真ん中ぐらいの順位だった。

 中3になってから勉強のギアを上げ、雪奈にも教えてもらいながら頑張った。

 そんな努力の末、聖クラークになんとか合格したのだ。

 補欠合格スレスレのラインじゃないのかな……。

 夏奈自身、そんな風にも考えている。


「これじゃあ本当に落ちこぼれになっちゃうよ」


 それに……メンタルを削られているのはそれだけではない。

 上級生からの視線が気になるのだ。主に男子生徒だが……。


 入学してから、夏奈は毎朝雪奈と浩介と3人で学校へ来ることが多い。

 もう通学途中に、とにかくまわりの熱い視線を感じるのだ。

 雪奈が雪姫と呼ばれて人気があるとは聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。


 そして毎朝、その妹が隣を歩いている。

 噂はまたたく間に広がっった。

 休み時間に、上級生が夏奈のクラスに見に来るようになった。

 噂を聞きつけて、1年生までも来るようになった。

 どうやら「夏姫」という二つ名まで、付けられているらしい。


 夏奈は中学の時に彼氏はいなかったが、それなりにモテた。

 雪奈ゆずりの容姿に、性格だって社交的だ。

 何度か告白もされたりした。

 男子生徒からの目には、耐性があるつもりでいた。


 しかし聖クラークに入ってからは、「雪姫の妹」という補正が加わった。

 これが思いのほか強かった。

 クラスの友達からは、「入学早々、なんでそんなに有名なの?」と不思議がられている。


 もう既に、夏奈は上級生ひとりから告白されている。

 初見で、話したこともない男子生徒だった。

 もちろんお断りしたのだが。


「あれ? なっちゃんやん。どーしたん、下ばっか向いて。お金でも落ちてるん?」


「あ、葵さん。それと牧瀬さんも」


 夏奈が振り向くと、葵と慎吾の2人がいた。


「こんにちは、なっちゃん。学校にはもう慣れたかな?」


「はい。あ、いや、ちょっと慣れないこともあったりしますね……」


「どないしたん?」


「ええと、なんかですねぇ……」


 夏奈は男子上級生からの視線が気になること、勉強について行けないことを2人に話した。


「あー、まあ上級生からの視線は雪奈と全く同じコースやね。多分そのうち慣れるんと違うかな」


「そうだね。でもなっちゃんの場合、桜庭さんの妹っていうステータスも付いてるから、余計に拍車がかかっているかもしれないね」


「そんなステータス、いらないですよぉ……」


「まあ気にせんとええんちゃうかな。有名税ぐらいに思っとくぐらいで。ただ変な嫌がらせとかされたら、ちゃんとウチらに言うんやで。特に女子からな」

 葵は心配そうに言ってくれた。


「ああ……嫉妬ってやつですか?」


「そう。そのときは僕たちも、できるだけのことはするからね」


 お姉ちゃんが浩介さんに助けてもらったことって、ひょっとしてこういう事なのかな?

 夏奈はそんなことを思った。


「それと……勉強にもついて行けなくて。とにかく進み方が早いんですよ」


「そうそう、それなんやけどな。なっちゃんもウチらの勉強会に一緒に参加したらどう?」


「そういう話を、この間皆でしてたんだよ。優秀な上級生が何人もいるんだから、絶対に参加して損はないと思うよ」


「本当ですか!? それは心強いです。絶対参加します。あ、でも……そのうちカップルが2組っていうことですよね? それって、お邪魔じゃないですか?」


「なに言うてるの。勉強会やから、別にイチャついたりはせんよ」


「そうだよ。真面目に勉強するだけだよ。それとも……なっちゃんは浩介とお姉さんに、見せつけられたこととかあるのかな?」


「……もうこれ、黙っといて下さいね。皆で沖縄行ったじゃないですか」


「うんうん」


「それで帰りの『飛行機の中で』ですよ。隣りでお姉ちゃんたち、チューしてたんですよ」


「マジで?」


「あたし窓側に顔を向けて寝てたんですけど、ふっと目を覚ましたらお姉ちゃんたちチューしてて。しかもすっっっごい濃いーヤツですよ。でもそんなの見られないじゃないですか」


「それでそれで?」


「もう音とか生々しくって凄かったんですよ。2人の息づかいまで聞こえてきて。うわー、始まっちゃったーって。でもそのまま窓側に顔を向けてたら、2人とも寝ちゃって……でもあたしは逆に目が冴えちゃって、しばらく寝られなかったんです」


「もうあの2人、なにしてんの? 盛り上がると、まわりが見えなくなり過ぎや」


「はは。なっちゃん、それは災難だったね」


「でもいいんです。勉強会ではひなちゃんとイチャイチャしますから」


 その言葉に、葵も慎吾も吹き出した。

 そして夏奈も、少し吹っ切れた笑顔を浮かべていた。

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