No.46:才能の意味


 俺は竜泉寺社長との会話の中で、頭の中で光った豆電球の意味を咀嚼していた。

 大池のババアと話していた時は、はっきりとわからなかった。

 でも今ならわかる。


 俺は小さいとき、プログラミングの才能が開花した。

 株式投資を通じて、会計知識も身についた。

 成績も一応全国1位。

 自分で言うのもなんだが、これは持って生まれたものだろう。

 そしてもしそれが、大山俊介から受け継いだ才能の一部だとしたら。



『大山俊介の才能が浩介に受け継がれたことって、なにか意味があるような気がしてるんだよ』



 俺はその才能を何に使うべきなんだ?

 私利私欲のため?

 この国のため?

 竜泉寺社長の利益のため?



 違うよな。



 俺はその能力を、雪奈を守るために使った。

 雪奈のお父さんを守るために使った。

 大切な人、大切な人たちを守るために使わないといけないんだ。


 そして、きっとそれだけじゃない。

 俺の能力・才能で、守れる人たちがいる。

 きっと……もっともっと、たくさんいるはずなんだ。

 できるだけたくさんの人たちを、救えるのであれば俺はこの手で救いたい。

 そのために俺の能力は使われるべきなんじゃないか?

 

 そして、そのための近道は?

 俺はどの道を選ぶべきなんだ? 



「そういうことだろ?」



 疑問を呈した本人に、それを言ってやるべきだろう。


 俺はリビングのドアを開けた。

 オヤジはテレビを見ながら、ビールを飲んでいた。


「オヤジ」


「ん?」

 顔だけをこちらに向けた。



「俺、大学は医学部に行こうと思う」



 オヤジはゆっくりと体ごと、俺の方へ向いた。

 そして俺の顔をしっかりと見つめた。

 一瞬その目は、父親の目になった。


 そしてすぐに破顔する。


「いいんじゃない? 頑張れ!」


 そう言ってまたテレビの方へ向き直った。

 瓶から新たなビールをコップに注いでいる。


 気恥ずかしくなった俺は、なぜかこのタイミングで口にした。


「もう風俗とか、行くなよ」


「はぁ?! うわっ」


 オヤジは勢いよく振り向いて、ビールを胸元にこぼしてしまった。


「あーもうっ。浩介、なに言ってんの? 僕は風俗なんか行ったことないよ」


「ウソつけ! 母さんからの手紙に書いてあったぞ」


「手紙に? あーだからもう……それは違うって言ってんのに」


 オヤジは素手で胸元のビールを拭き取っている。

 いやタオルか何か使えよ。


「僕が行ったのはね、いわゆるキャバクラだよ。性的なサービスのあるところじゃない。でも美幸はどんなに説明しても、納得しないんだよ」


「キャバクラって……女の人が横について、一緒に酒飲むようなところだろ?」

 俺も詳しくは知らないが。


「そうそう。僕が……ほら……部署が変わった時に、送別会とかで何度か連れてってもらったんだ」


「ああ、リストラにあった時な」


「オブラート!」


 じゃあ……風俗じゃないのか?


「美幸はあれでお嬢様育ちだったからね。だから女性のいる所は、全部風俗という認識なんだよ。まったく偏りすぎてる」


「へぇー……本当なのか?」


「本当だって。風俗って、めちゃめちゃお金がかかるんだよ。そんなところ行くお金の余裕がどこにあるんだよ」


 ……情けないが、その言葉は説得力があるな。

 あの吉松屋での注文を見れば、かなり明らかだ。


 オヤジはちょっと不機嫌そうに視線をテレビに戻し、またビールを飲み始めた。


         ◆◆◆



「って、オヤジはそう言ってるんだけど……雪奈、どう思う?」


 次の日の朝。

 高校3年生の当校初日だ。

 俺は隣の雪奈に話しかける。


 昨日のオヤジの言い分が正しいかどうか。

 女性の意見を聞くことも必要だろう。


「うん、白だと思うよ。浩介くんのお父さん」


 推定無罪ということか?


「だって、そんなことしそうにないもん。そんな人だったら、多分ひめさんは懐かなかったと思うよ」


「ああ……なるほど」

 そういう見方もあるのか。


「ところで雪奈さん」


「なあに?」


「ずっとこの体勢で行くのかな?」


「そうだよ」


 なにしろさっきから、まわりの生徒の視線が痛い。


 実は電車を降りてから、雪奈が俺の腕をガッチリ取ったまま離さないのだ。


「お、お姉ちゃん。私、ちょっと恥ずかしいよ……離れて歩いてもいい?」


 雪奈の逆隣りには、昨日入学式で今日から一緒に登校するなっちゃんもいる。

 これだけの視線を集められたら、そりゃ恥ずかしいよな。

 しかも視線の大半が、男子生徒からの怨嗟の視線だ。


「どうしたんだよ、急に」


「だって……お父さんがさ……」


「達也さんが?」

 達也さんがどうした?


「お父さんが、ぜーーーーったい浩介君、離したらダメだぞ、って」


「あーー……」


 もう達也さん、何言ってくれちゃってんの?

 確かに一連の騒動は、雪奈には内緒にしてほしいとお願いしてある。

 だからといって、雪奈にそんな含みのある言葉かけたらこうなるよな……。


「もうお姉ちゃん、お父さんそういう意味で言ったんじゃないと思うよ」


 ナイスだ、なっちゃん。


「そうだ。物理的に離すな、ということじゃなくてだな……」


「おはよー。もう、2人は朝から熱いなぁ……あれ、なっちゃんも今日から一緒なん?」


 後ろから息を弾ませてやってきたのは、葵だった。

 振り返ると、慎吾とひなの姿も。

 めずらしく、朝から全員集合だ。


「なあなあ、聞いて聞いて! 昨日の夜な、ウチのお父さんから電話があってん」


 息を弾ませながら、嬉しそうに葵は話す。


「それでな、一度慎吾連れて家に帰って来いって。ゴールデンウィークあたりに2人で実家に泊まったらええ、って。もうウチビックリしてなぁ!」


「えー凄い凄い! よかったじゃない!」


「葵さん、よかったですね!」


「ほんま嬉しいわ。でもどういう風の吹き回しやろ」


 雪奈は俺から離れ、葵と手を取り合って喜んでいる。

 あとから来たひなも、なっちゃんと一緒にその中へ加わった。

 JK4人、ワイワイキャッキャと騒ぎながら先へ行く。

 もちろん周りの熱い視線を集めながら。

 何しろ4人とも、聖クラークトップレベルの美少女だ。


「よかったじゃないか」

 俺はイケメンに声をかける。


「うん、葵ちゃんが喜んでいるのがなによりだよ。僕はあの竜泉寺グループの社長に会うと思うと、今からすでに胃が痛いけどね」


 確かにあのキャラは、クセが強いからな……


「心配することないと思うぞ。俺も雪奈のお父さんに会うまでは、めちゃくちゃ緊張したけどな。会ってみたらめちゃめちゃいい人だったわ」


「あー、桜庭さんのお父さんだったら、なんか想像つくなぁ」


 穏やかな表情の慎吾と2人で、美少女3トップの後をゆっくり歩いていく。いや、今日から4トップなのか?



「浩介」


「ん?」


「ありがと」


「? 何がだ?」


「なんとなく、だよ」


「……変なヤツだな」


 俺たちは視線を美少女たちに向けながら、そんな言葉を交わしていた。


「あれ? もうこんな時間だよ。急がないと」


「げ、マジか」


 俺たちは慌てて美少女たちの後を追う。

 わずかに残った花びらをつけた桜の木の下を、俺たちは駆け抜けていった。

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