No.45:そんなの、一つしかないだろ


「大山くん、聞いとるかね?」


「あ、はい。ちょっと考え事をしてました」


「それでどうや。大学の学費、面倒見させてもらえるか?」


「いや、遠慮させていただきます」

 俺は即答した。


「なんでや?」


「さっきも言いましたけど、感謝しないといけないのは俺の方なんです。社長がいなかったら佐竹製薬は倒産してました。雪奈の……俺の大切な人の父親を路頭に迷わすことになるかもしれなかったんです」


 俺は続ける。


「それに俺の手伝いが必要な時は、いつでも言って下さい。そんな見返りなんていりませんよ。健一さんにも雅さんにも、お世話になってますから」


 それにそんな見返りを受け取ったら、将来絶対何かの足枷あしかせになっちまう。


「そうかぁ……あ、そうや。雅から伝言を頼まれとったわ」


「?」


「雪奈ちゃん、やったか? その彼女に飽きたら、いつでも連絡してほしいって言うとったわ」


「例えば、そういうのですよ」


「なんて?」


「いえ、なんでもないです」


「でもなあ、大山くん。それではワシの気がすまんのや。ワシに何かできそうなことはないか?」


 ……竜泉寺社長にお願いしたいこと?

 そんなの、一つしかないだろ。


「何でもいいですか?」


「ああ。遠慮なく言うてくれ」


「では……ひとつだけお願いがあるんです」


 俺は深めに息を吸った。


「俺の友人……親友の牧瀬慎吾と、葵さんの交際を認めてやってもらえませんか?」


 社長は沈黙してしまった。


「確かに俺たちは高校生で、社長からみれば恋愛だって子供の遊びみたいなものかもしれません。でも」


 その当事者たちは、いつだって真剣なんだよ。


「彼らは本気で、お互いのことを思い合って交際しています。俺から見ても、とてもいいカップルです」


 だから応援しないとな。


「もし葵さんが窮地に立った時。危険な目にあった時。慎吾は葵さんのために体を張って、身を挺して彼女を守る、世界でたった一人の男です」


 社長は黙ったままだ。


「こうは考えられませんか? 学生の恋愛は所詮子供の遊び。でもその子供の間、葵さんには優秀なボディガードがついている。しかも」


 俺は少し口角が上がった。


「コストゼロ。タダですよ」


 対コストを重視する経営者を、ちょっと揶揄させてもらった。


 社長の沈黙はもうしばらく続いた。

 やがて……


「ハァーー……お前さん、ほんま可愛くないやっちゃなぁ」


「よく言われます」


「まあ……気持ちはわからんでもないけどな。それに健一や雅も、事あるたびに言うてくるし」


 電話の向こうで社長がため息をつく。


「それがお前さんの頼みっちゅうんやったらしゃあないな。ゴールデンウィークにでも、一緒に連れて来いって言うとくわ」


「本当ですか?」


「ああ。久しぶりに葵と一緒に食事でもしたいしな」


「ありがとうございます」


「お前さんも暇やったら、いつでも京都に遊びにくるとええ。うまい飯食わしたるわ」


「ありがとうございます。あ、それと今回の一件、葵さんには内緒にしといてもらえますか?」

 ここは口止めしておかないと、まずいだろう。


「ああ、わかったわかった。まあ、これからもよろしくな。そしたら切るで」


「はい。ありがとうございました」


 社長はそう言うと、通話を切った。


 なんだかんだ言って、社長は葵のことが可愛くて仕方ないんじゃないかな。

 言葉の端々からそう感じた。

 そして素直になれない。

 だから……案外これがいいきっかけになるかもしれない。


「頑張れよ、慎吾」


 俺は独りごちて、部屋を出た。

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