No.44: お礼がしたいんや


「いもうとカフェ・きゅン」から家に戻って、俺は自室でトレードシステムの見直しをしていた。

 オヤジに言われてから、あまり頻繁に手直しをするのをやめた。

 するとどういう訳か、最近またトレードでの資産が増え始めた。


 とは言っても、先日の4日間で300万円以上稼いだことに比べると、インパクトは薄い。

 まああれはボーナスステージということで、別枠だからな。


 突然俺のスマホが鳴り出した。

 長いコールの、音声通話。

 表示を見ると「健一さん」と出ている。

 これはまた、意外な人からだな。


「もしもし?」


「おおー、大山くん! お前さん、元気でやっとるかね?」


 いきなりのデカイ声で、俺は思わずスマホを耳から離した。

 竜泉寺昇一社長だ。

 おそらく健一さんのスマホを借りてかけてきたんだろう。


「あ、はい、社長。元気でやってますよ」


「そうかそうか。それはよかった。ところで今日は大山くんにお礼を言いたくてな」


 お礼だって?


「いえ、お礼を言わないといけないのは俺の方です」


「いやいや、まずプロイトフェンなんやけどな。お前さんの言ったとおり、国内の製薬会社で権利を買いたいっていう会社が何社もでてきてなぁ。今コンペの最中やわ。おそらく37-38億ぐらいで売れそうやで」


「そうなんですね。それはよかったです」

 これで今後の資金繰りも、多少は楽になるだろう。


「それと今、佐竹製薬のデューデリの最中なんやけど、お前さん見積もりを誤ったな。なにがIPO時には出資額の3倍やねん」


「え、違いましたか?」

 いや、俺は固めに計算してそれぐらいになったはずだが。


「固く見積もり過ぎや。普通に考えて5倍はいけるで。マーケットが良ければ10倍以上も可能性大や」


 ああ、そっちか。

 まあ5倍だと、15億円が75億円に化ける訳か。

 そう考えると俺がこの間、株で儲けた320万円がめちゃめちゃショボく思えてきた。


「そんな訳でワシはお前さんにお礼がしたいんや。お前さん、東帝大学に進む予定なんやろ?」


「ええ。そのつもりでいます」


「その大学4年間、医学部やったら6年間の学費を、ワシに全額払わせてもらえんか?」


「えっ?」


 なんだって?


「それぐらいの学費やったら、今回のこのディールだけ考えても微々たる金額や。それぐらいの礼はさせてもらいたい」


「……怖いから結構ですよ。それに……もしお受けするとしたら、その見返りはなんですか?」


 俺は笑いながら聞いた。

 そんなおっかない申し出、とてもじゃないが受けられない。


「見返りなんて、そんなみみっちいこと言うつもりはないわ。いや……全くないって言うたら嘘になってしまうな……」


 社長が言い淀んだ。


「調べさせてもらったわ。お前さん、大山俊介のお孫さんなんやってな」


「よく調べられましたね」


「ああ、まあな。お前さんのその能力、尋常じゃないと思てな」


 そこまでじゃあ無いと思うが……。


「ワシも商売やって長い。いい時もあれば悪い時もある。ワシの後は健一がビジネスを継ぐわけやが、ワシも含めて窮地に陥った時、誰かにアドバイスが必要になる時もあるんや」


 それはそうだろう。

 いくら竜泉寺社長でも、いい時ばかりではないはずだ。


「そんな時に、お前さんの大山俊介譲りの天才的な才能で、この竜泉寺グループに力を貸してほしいときが来るかもわからん。そん時のために、大山くんとは関係を持っておきたいんや」



 その時俺の頭の中で、また小さな豆電球が点灯した。

 あのババアと話していた時と同じ……


 でも……今度は消えなかった。


(そうか……そういう事か。)

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