No.40:報酬


「今回の佐竹製薬の件、心からお礼を言わせていただくわ。製薬技術の海外流出を止めただけでなく、佐竹製薬を倒産の危機から救った。あなたは本当にスーパーヒーローよ」


「こっちは生きた心地がしませんでしたけどね」


「でもあの竜泉寺グループから資金を引っ張ってくるなんて……あなたどんな裏技を使ったの?」


「裏技じゃなくて正攻法ですよ。でも本当に近くにスポンサーがいて助かりました」


「あなたは日本の医学界の未来を救った。その経済効果は、数千億円規模の損失を未然に防いだのと同じと私は思っているわ」


 それは言い過ぎだろう。


「機会があれば、これからもその大山俊介譲りの天才的な才能を、この国のために活かしてもらえれば嬉しく思うわ」


 その時、俺の頭の中で小さな豆電球が点灯した……気がした。


(あれ?)


 今の、何だったんだ?


「大山君、聞こえてる?」


「あ、はい。聞こえてますよ」


「それと……報酬の話はまだだったわね」


「報酬ですか……日本政府デザインのマグカップでも貰えるんですかね?」


 俺は毒づいた。


「それもいいわね。でも……これは私の独り言」


 官房長官の口調がゆっくりになった。


「国内製薬最大手の武岡薬品工業が、認知症とアルツハイマー病に極めて効果が高い新薬を開発したわ。治験はこれからだけど、副作用も極めて少ない。プレス発表は明日の15時15分」


 ……おいおい。


「俺に犯罪を犯せって言うんですか?」


 そんな銘柄、連日のストップ高確定じゃないか。


「あら、私は独り言を言っただけよ」


「この電話、盗聴されてたらどうするんですか?」


「そんなヘマはしないわ。この電話は強力に暗号化された政府専用回線よ。海外との首脳会議でも使う回線なの。だから盗聴は不可能」


 なるほど、だから車に呼び出された訳か。


「それに絵に書いたような、インサイダー取引じゃないですか。警察に捕まるのはご免です」


「たとえあなたの言うインサイダー取引だとしても、あなたは捕まらないわ。前にも言ったでしょ?」


 クソババアが右の口角を上げるのが、目に浮かぶ


「国家権力を甘く見ないことね」


 ……もう、何でもアリだな。


「まあどうするかはあなた次第。とりあえず私からは以上よ。また機会があれば是非お会いしたいわ」


「俺は遠慮したいですね」


「ふふっ、まあそう言わないで。それじゃあ大山くん、ありがとう。切るわね」


 官房長官はそう言って、俺との会話を終了した。


「多分大池官房長官を手玉に取れるのは、日本中で君だけだと思うよ」


「いいえ、手玉に取られてるのはこっちですよ。谷口さん」


 俺が谷口さんと軽口を叩いている間に、車は俺のマンションの方へ向かって行った。


         ◆◆◆


 翌日、朝の8時50分。

 俺はPCの前で唸っていた。


「さて、どうすんだ……」


 武岡薬品工業の株式。

 ババアが嘘をつくとは思えない。

 確実に上がる銘柄だ。


「買うとして……いくらツッコんだらいい?」


 信用倍率を目いっぱい使えば、1,200万円以上は買える。

 しかし今までデイトレでチマチマとやっていたヤツが、いきなり信用で大玉をオーバーナイトしてきたら、それはいくらなんでも目立ち過ぎだ。


 熟考の末、現物で300万円だけ購入した。

 慎み深さは、日本人の美徳だしな。


 そしてその日のマーケット終了後の15時15分。

 武岡薬品工業はババアが言っていた通りのプレス発表をした。

 あらゆるニュースサイトが、この話題一色になった。

 日本だけでなく、海外でもトップニュースとして取り上げられた。


 当然株価は爆騰する。

 翌日、取引が成立せず、買い気配のまま比例配分のストップ高。

 これが3日続いた。


 4営業日目で、ようやくザラ場で取引が成立。

 俺はそこで全株売却した。


 ツッコんだ300万円は、4日後620万円になっていた。

 元々あった資金と合わせて、俺の資金総額は750万円を超えた。


「なんだかなぁ……」


 俺がデイトレを始めて2年間で作った資金とほぼ同額を、たったの4日で稼いでしまった。


「毎日コツコツ、デイトレしているのが馬鹿らしくなってきたぞ」


 それより本当にインサイダーで捕まらないだろうな?

 捕まったら、絶対にババアの名前出してやるぞ。

 謝罪会見は赤のブラとショーツの上下で、カメラの前に出てもらうからな。

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