No.39:「もちろん赤よ」
「お、前場で8万2千円のプラスか。いい感じだ」
今日の東証マーケットは前日のニューヨークのNASDAQの大幅上昇を受け、ハイテク関連が大きく値を上げ前場を終えた。俺のプログラムで買いから入ったいくつかの銘柄が、利益確定してくれた。
今日は3月31日。
竜泉寺社長から佐竹製薬へ15億円の融資が実行される日だ。
30分ほど前、達也さんから15億円が銀行口座に入金になったとのショートメッセージがあった。
これで倒産は免れた。
本当にギリギリのタイミングだったな……。
俺は心から安堵した。
それから達也さんには、一連の件は雪奈には内緒にして欲しいと頼んでおいた。
雪奈には変な気を使って欲しくない。
実は俺が考えたスキームを、佐竹社長が最初難色を示したらしい。
新しい株主を増やすことを嫌ったようだ。
発行株式数が増えれば株式上場の時に一株当たりの株価が下がってしまうので、自分たちの儲けが減ってしまうからだ。
まあわからないでもない。
しかし達也さんが、「このスキームを受けるか、倒産するか、どちらかを選んでくれ」と迫ったそうだ。
そうなると、議論の余地はない。
個人的には竜泉寺社長に「物言う株主」になってもらうべきだと思う。
佐竹製薬には、まだまだ経営の改善ポイントが多いと思われる。
それを経営のプロである竜泉寺社長に見てもらうことは、会社にとってメリットも多いはずだ。
俺はオヤジに頼まれて買ってきたテイクアウトの牛丼に玉子をかけながら、そんなことを考えていた。
オヤジは今日は在宅勤務扱いらしい。
するとテーブルの上に置いたスマホが、ガリガリと音を立てて踊った。
Limeのメッセージだ。
谷口さん:こんにちは。大池官房長官がお電話でお話をされたいそうです。車の中でお繋ぎしますので、午後にでもお会いできませんか?
SPの谷口さんからだった。
車の中で繋ぐって?
電話番号を教えて、かけてもらえばいいんじゃないのか?
俺は不思議に思ったが、谷口さんと待ち合わせをすることにした。
黒塗りの車がマンションの前に来てもらっては困るので、前回俺達がエンカウントした場所に来てもらうことにした。
あそこなら人通りが少ない。
黒塗りの車は、既にそこで待っていた。
助手席から谷口さんが降りて、後部座席のドアを開けてくれた。
車は適当なところを走り出した。
官房長官からの電話待ちらしい。
その間、俺は谷口さんと世間話をしていた。
谷口さんは国立防御大学を出て2年間自衛隊に入隊したあと、今のSPの仕事をしているらしい。
25歳でがっしりしていて、見方によっては短髪のイケメンだ。
「でも全統模試1位は凄いですよね。大池先生も『天才の血を受け継いだ天才』って言ってましたよ」
「それは言いすぎですよ。それより谷口さん、その敬語なんとかなりませんか?」
「え? それじゃあ、普通に話してもかまわないかな?」
「お願いします。違和感ハンパないんで」
「ハハハ、じゃあそうさせてもらうよ」
谷口さんは軽快に笑った。
「聖クラークで特待生かぁ……大山君、共学だしモテるでしょ?」
「そんなことないですよ。谷口さんこそ体格いいですし、モテるんじゃないですか?」
「自分は男子校を出て防御大学、そのまま自衛隊だからね。女性とは縁遠い人生を送ってるよ」
谷口さんは、ちょっと自虐的にそう言った。
その時、前の方からスマホの呼び出し音。
谷口さんが出てから、俺にそのスマホを手渡す。
「大池先生からです」
俺はスマホを受け取って話し出した。
「こんにちは。大山君」
「大池官房長官ですか?」
「小池……じゃなかった、大池よ」
「……本人ですか?」
「もちろんよ」
「疑わしいです」
「声でわかるでしょ」
「勝負下着の色は?」
「もちろん赤よ」
「本人ですね」
「やらせないで」
案外この人、ノリがいいな。
助手席で谷口さんが、肩を揺すって必死に笑いをこらえている。
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