No.37:スポンサー探し


 一夜明けて、3月29日。


 朝一番で達也さんには通訳の社員の人と一緒に、俺がアップロードしたファイルを見てもらった。

 翻訳ソフトに表示された通りの内容だったようだ。

 王社長と蒋部長の会話を聞きながら、通訳の社員の人は涙を流しながら悔しがったらしい。


 達也さんは、その動画ファイルのリンクを北京総合新薬の王社長と蒋部長に送ったそうだ。

 その後電話をかけても、だれも出なくなったらしい。

 まったく悪質すぎる。


 12億円。

 あさってまでに、佐竹製薬が必要な資金だ。

 これがなければ、佐竹製薬は倒産する。

 俺が株取引で信用枠目一杯つかっても、実現不可能だ。


 その日の夕方、俺はまたPCの前に座っていた。

 12億円のスポンサー探しという、無理ゲーをクリアするためだ。


         ◆◆◆


「健一さん、雅さん、こんにちは。沖縄ではお世話になりました」


「おー浩介君。元気だったかい?」

「ちょっと顔色が悪いみたいね。大丈夫?」


 俺は朝一番で、京都にいる竜泉寺健一さんに連絡を入れた。

 そしてWeb会議ソフトのズーモを使い、ミーティングをしてもらうように申し出た。

「良い投資物件」があるので、と健一さんには伝えておいた。

 結局雅さんも、ミーティングに参加することになったみたいだ。

 俺としては、特に問題ない。


「それと竜泉寺社長、初めまして。葵さんの友人の、大山浩介といいます」


 画面向かって左側に健一さん、右側に雅さん。

 そして中央に、すこし赤ら顔の血色のいい中年男性がいた。


「おー君が噂の大山君かね。葵や健一からも聞いとるぞ。全国1位の天才高校生らしいな」


 スピーカーの音が割れるくらいの大声で話すその男性は、竜泉寺ホールディングス代表取締役、竜泉寺昇一氏だ。


 その迫力たるや、さすがは百戦錬磨。

 海千山千のたたき上げ社長である。


 俺は葵が竜泉寺グループの社長の娘であるということ知ってから、竜泉寺社長の記事を雑誌やネットで気にするようになっていた。


 その中で、今まではホテル業や外食、建設や運輸事業まで幅広く手掛けてきたが、これからは美容健康・医療の分野にも注力していきたい、と語っていた記事を思い出した。


 俺は竜泉寺社長が、佐竹製薬に絶対に興味を持つと確信に近いものがあった。

 あとはその「売り方」だ。


「いえいえ、お忙しいところすいません。お時間もないことですので、早速本題に入らせて下さい」


 俺は説明を始めた。


「佐竹製薬という業界12位の製薬会社があります。この会社が今、資金供与を必要としています」


「ああ、聞いたことあるで。非上場の会社やな。技術力には定評のある会社やなかったかな?」


「はい、そうなんです」


 さすがは竜泉寺社長だ。

 アンテナを張るエリアが広い。


 俺は一連の出来事を説明した。

 佐竹製薬が新薬プロイトフェンを開発したこと。

 それは肺がんに効果があるだけでなく、ワクチン化の可能性もあること。


 国内の製薬会社数社が30億円のパテント使用料をオファーしたが、北京総合新薬が75億円のオファーであったこと。


 そしてその取引自体が、詐欺であったこと。


「ちょっと待て。お前さん、その先方のWeb会議システムから、会議室での会話を盗み聞きした、っちゅうことか? ようそんなことできたなぁ」


「えーと、まあ、はい」

 大筋ではあってるな。


「それで……お前さんにいろいろと調べてくれと依頼したのは誰や?」


「名前は言えないんですけど……政府系の人です」


「はぁーー……お前さん、一介の高校生ではないんやなぁ」


 クソババアと同じこと、言わないでくれ。


「話を戻します。そんなわけで佐竹製薬はあてにしていた資金が入ってこなくなりました。決済用の資金が15億円必要なんです」


 俺は3億円盛って、15億円にしておいた。


「なるほどな。いつ必要や?」


「明後日です」


「え?」「あ?」「はい?」


 画面の向こうの3人の声がハモった。


「こ、浩介君、それはさすがに無理だよ。それだけの資金を会社から投資するとなると、取締役会を開かないといけない。うちの会社の取締役は全国に散らばっているから、今日明日というのは不可能だよ」


 健一さんがそう言うのも当然だ。


「はい、存じてます。ですので」


 俺は画面の中央の人間に焦点を定める。


「15億円は竜泉寺社長、個人に出資していただければと考えています」


 個人からの出資だったら、取締役会とか関係なく社長の一存でできる。


 竜泉寺社長は破顔する。


「あーっはっはっ、おもろい冗談やな、大山君。いくらワシでも、15億とかそんな大金持ってると思うか?」


「はい、竜泉寺社長。先月末RCCホテルズ株式の売却で、20億円の現金をお持ちのはずですよね」


 俺の即答に、社長は沈黙した。

 肯定だ。


 俺はおとといババア……大池官房長官の話を聞いてから、竜泉寺ホールディングスの有価証券報告書やらIR情報やら、片っ端から調べまくった。

 佐竹製薬にスポンサーが必要となった場合、俺は竜泉寺昇一氏しか思い浮かばなかったからだ。

 幸い竜泉寺ホールディングスは上場企業なので、それらの資料全てはネット上で公開されている。


 先月末の開示情報によると、竜泉寺ホールディングスが保有していたRCCホテルズ株式を、香港の投資ファンドに売却していた。

 売却金額は20億円。

 3年前に15億円で取得している株式だ。

 つまり3年で5億円のキャピタルゲインを得たことになる。


 俺は次に3年前の有価証券報告書を調べた。

 そして投資有価証券の欄外に、小さく1行。

 こう記されていたのを見つけた。


『RCCホテルズ社の全株式を取得。出資割合は当社と竜泉寺昇一氏で 50:50』


 つまり3年前、竜泉寺社長個人も15億円でRCCホテルズ社の株を購入しているのだ。


 そして先月、会社の方は全株式を売却し20億円のキャッシュを手にしている。

 俺は竜泉寺社長も同じタイミングで売却して、20億円のキャッシュを手にしているいると睨んだ。

 健康・医療の分野に新たに投資したいのであれば、なおさら手持ちのキャッシュが必要になるはずだからだ。


「佐竹製薬の技術力には業界でも定評があります。また2-3年後に株式公開を予定しているので、大きなキャピタルゲインも望めます。医療・健康の分野にご興味があるのであれば、最適な投資物件だと思いますよ」


 俺は畳み掛けた。

 佐竹製薬がIPO、株式公開を予定しているというのは本当だ。

 そのためには財務体質の改善が急務だった。

 だから北京総合新薬からの75億円に目がくらんだのだ。


「……大山君、お前さんほんま、おもろいやっちゃなぁ。自分の財布の中身、見られとるようで気色悪いわ」


 竜泉寺社長は、ため息交じりにそう言った。


「大山君、言いたいことはわかった。せやけど15億円の投資や。八百屋で大根買うわけやない。明後日15億円出せと言われても、それは無理があるんとちがうか?」


 ご意見、ごもっともだ。


「通常デューデリには最低数週間かかるのが相場や。投資前調査はワシ自らしっかりと目を通す。ましてや佐竹製薬は非上場企業や。情報が少ない」


 デューデリとはデューデリジェンス、投資対象となる企業の価値やリスクなどの事前調査のこと。

 まったくもって、その通りだ。

 でも今は、その時間がないんだよ。

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