No.35:映ったぞ! マジでか


「おおっ、映ったぞ! マジでか」


 俺はモニターのブラウザに映し出された、無人の会議室の画像を見ながらそう叫んでいた。



 昨日の夜、俺はダメ元であるものを実験的に作っていた。

 それはPCのWebカメラを遠隔操作できるマルウェア。

 BackDoor.Webcamと言われている、トロイの木馬ウイルス。


 これを改良して、亜種ウイルスを作成した。

 BackDoor.Webcamをそのまま使うと、セキュリティソフトで引っかかってしまうからだ。

 スマホ向けのウイルスと違って、PCウイルスは亜種が作りやすい。


 既存のBackDoor.Webcamのシグネチャパターンと動作パターンを弄りまくって、なんとか俺が持っているセキュリティソフトに引っかからないものを作成した。

 ついでにマイクも遠隔操作できるように改良した。

 これはプログラムに、対象となるハードウェアを一行追加するだけなので簡単だ。


 このウイルスでPCを乗っ取ることができたら、Webカメラに映る動画を音声付きで見ることができる。


 俺は達也さんに訳を言って、先方に提供するエクセルファイルを一つ作ってもらった。

 達也さんは工場の稼働計画書の改良版を作成してくれた。

 俺はそのエクセルファイルに作成したマルウェアを埋め込み、拡張子を.xlsmに変えてマクロファイルとして保存した。

 実際資料をマクロファイルでやり取りすることもあるらしいので、怪しまれることはないだろう。


 その後も達也さんに協力してもらった。

 今朝そのマクロファイルを北京総合新薬へメールで送ってもらって、すぐにダミーのWeb会議をやってもらった。

 先方は通常Web会議用に使うPCで資料を開いて、それを見ながら会議を進めるということは事前に教えてもらっていた。


 もちろんリスクもある。

 セキュリティソフトの種類によっては、ウイルスを感知される恐れもある。

 特に最新のアップデートされたセキュリティソフトだったら、一発でアウトだろう。


 しかし達也さんから、先方は「目玉みたいなカメラ」を使っていると聞いていた。

 多分かなり旧式のカメラだ。

 なんとなくだが、ITリテラシーも高くない気がした。

 それにもし不審に思われても、「間違えました」と言って元のエクセルファイルを送ってもらえばいい。

 いずれにしても、ノーリスクでは何もできない。


「しかし本当にうまくいくとはな……」


 俺は会話の内容がわかるように、中国語の音声翻訳ソフトも購入した。

 そしてその翻訳エンジン部分を抜き出し、画像の下に翻訳文がリアルタイム表示されるようにhtmlで簡易プログラムを組んだ。

 あとはそれをブラウザで表示し、キャプチャソフトでその様子を録画する。

 もしなにか不審な点が見つかれば、達也さんに中国語が堪能な社員と一緒に見てもらえばいい。


 今日は3月28日、時刻は夜の8時だ。

 北京時間は夜の7時。

 最初何回かアクセスを試みたが、Access Deniedと表示され繋がらなかった。

 頻繁にWeb会議を開くと聞いていたので、PC自体もつけっぱなしである可能性が高い。

 それで繋がらないということは、何か不具合があるとしか考えられない。


 これはもうダメかと思ったが、時間を置いてやってみるとサクッとつながった。

 どうやらWeb会議でカメラを使用中だったようだ。


 誰もいない北京総合新薬の会議室をしばらく見つめていた。

 しばらくするとバタンとドアが閉まる音がした。

 よし、音もちゃんと拾えているぞ。


 会議室の椅子に男性が二人座った。

 画像がちょっとボケていて、解像度も悪い。

 今時固定焦点のカメラか?


 画像はボケているが、俺は二人が誰か分かった。


 頭の薄い男性がCEO、社長の王呑麺ワン・タンメン氏。

 白髪でメガネを掛けた男性がCFO、財務担当部長の蒋籠包ショウ・ロンポウ氏。


 2人とも今回のプロジェクトの北京総合新薬側の窓口ということは、達也さんから聞いている。

 2人の写真は北京総合新薬のWebサイトで確認済みだ。


 2人が会話を始めた。


「夕食 飽きました」


「飽きました 毎日同じ 食べ物」


「なぜ コーヒーに 黒酢 入れる ですか」


「美味しいから です」


 翻訳ソフトがテキストを書き出す。

 ちょっと怪しいが、なんとか意味はわかるぞ。

 しかも、中国にも黒酢派がいた。


「最近 好きなウェブサイト あります」


「なんですか」


「日本の 成人好色サイト です」


「成人好色サイト ですか」


「すごいです」


「なにが すごいですか」


「巨大胸です」


「好きですか 巨大胸」


「大好きです そして トラックの荷台が 部屋でした」


「トラックの荷台 ですか」


「はい ガラスで 覆われています」


「ガラス 外から 見えませんか」


「いいえ 外から 見えません 中から 見えます」



 コイツら、何の話してんの?

 しかも翻訳がダイレクトすぎて、シュール過ぎる。


 しばらく2人のエロトークを、活字で追っていく。

 頭が痛くなりかけたその時……


「カメラの電球 点灯してます」


「カメラの電球」


 画面の2人がこっちを向いた。

 俺は自分が見られてるような錯覚に陥り、少しのけぞった。


「やべっ……」


 カメラの電球……WebカメラのLEDライトのことだ。

 Webカメラ使用中は、当然カメラのLEDライトが点灯する。

 これは避けられない。


 マズいな……

 バレたか?


 蒋部長がこちらに向かって真っ直ぐ歩いてきた。

 カメラの前に座り、モニターを見ている。

 マウスのクリック音が聞こえた。


 突然、ブラウザの画面がブラックアウトした。


 俺は声を出さずに、天井を仰いだ。

 声を出したら、向こう側に聞かれそうな気がしたからだ。

 そんなはずないのに……

 万事休す。

 ここまでの苦労が水の泡だ。




 ……あれ?

 でも音声が聞こえるぞ。



「消し忘れた ですか」


「消しました」


「でも ついてました」


「わかりません」


 翻訳ソフトがテキストを刻んでいる。



 あれ?

 なんで……?



 ……そうか、カメラがマイク一体型じゃないからだ!

 別の外付けマイクのパスを拾ったんだな。

 古いハードウエアで、助かったぞ。


 画面はブラックアウトのまま、なにも見られない。

 でも音声と翻訳ソフトは作動している。

 とりあえずは十分だろう。


 しばらく2人の痴話ばなしが続いた。



「ところで サタケセイヤク 契約ですが……」


 ようやく本題に入りだした。



 そしてここからの2人の会話に、俺は驚愕せざるを得なかった。

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