No.34:なんの意味だ?
「ただいま」
俺は午後2時過ぎに帰宅した。
腹が減ったので、駅前の弁当屋でチーズ入りハンバーグ弁当を買ってきた。
「おかえり」
オヤジがテーブルで、一人何か食べている。
さすがに昼間から、ビールは飲んでいないようだ。
「なに食べてんの?」
「ん? ああ、サバの味噌煮。ひめさんが、昨日持ってきてくれたんだよ。食事を作るのも大変でしょうからって」
そういえば冷蔵庫に何か入っていたな。
「うまいか?」
俺は思わず聞いた。
「うん。普通に美味いよ。ビールが欲しくなる味だな」
どうやら7割側の料理だったようだ。
俺はオヤジの向かい側に座り、チーズ入りハンバーグ弁当を食べ始めた。
「じいさんの……大山俊介の話を聞いた」
「ん? 誰からだい?」
「言えない」
官房長官とか言ったら、腰抜かすだろうな。
「そっかー。まあ当時はちょっとした有名人だったからね」
オヤジ昔を懐かしむ表情になった。
「中学の頃、友達にはよく言われたなー。お前のおやじって凄いんだってな、って。僕は母親の血を色濃く受け継いだから、普通の中学生だったけどね」
「そうだったのか?」
「ああ。でも僕の両親はそんなことは気にするなって、ずっと言ってくれてたんだよ。普通鷹がトンビを生んだら、悲観する親も多いだろう? でも僕の場合は、そんなことなかった。それが救いだったかな」
オヤジはサバの骨を取り除きながら続けた。
「ただ父親が死んでから……僕が高1の冬に亡くなったんだけど、それからは大変だったな。あの人は本当に研究バカで、私財まで研究に注ぎ込んでたんだ。だから家にはお金が無くってね」
「マジで?」
東大教授とか、高給取りのはずだ。
自分の財産まで研究に注ぎ込んだって、そんなことあるのか?
「うん。当時東帝大学の教員宿舎に家族で住んでいたんだけど、そこを出なくちゃいけないだろ? 母親とアパートへ引っ越したんだけど、母親は病気がちだったから家賃と医療費で遺族年金は消えてしまうような状況だったんだ」
「学費はどうしたんだ?」
「ああ、公立高校だったからね。僕のバイト代でなんとか賄うことはできたよ。ただ他にいろんな費用があるだろう? 修学旅行の積立金とかさ。あれが大変だったなー」
オヤジは笑いながら話しているが、それってかなり大変だったんじゃないか?
「生活保護とか受けなかったのか?」
「当時は生活保護を受けてしまうと、大学へは行けないというルールだったんだ。大学へ行く余裕があるなら働きなさい、ということだね。だからなんとかアルバイトで凌いだんだよ」
そうなのか?
その当時は大学に行くのが、当たり前じゃなかったということか。
「二十歳のときに母親も亡くなって、アパートを出て大学の寮に引っ越して……大学の学費は奨学金でなんとかなったけど、とにかく寝て起きて、たまに授業に出てバイトに行って、っていう毎日だったなー。大学を4年で卒業できたのが、奇跡だと思うよ」
とても勉強ができるような環境じゃなかったんだな……。
「だから父親の才能が僕じゃなくって、1代ジャンプして浩介に受け継がれて、本当によかったと思ってるんだ」
「なんでだよ?」
俺は思わず異を唱える。
「それこそオヤジが特待生とかになっていれば、経済的にも楽ができただろ?」
「経済的にはそうかもしれないね。でも16歳と二十歳で親を亡くして、全く身寄りのない環境で普通に勉強ができたとは思えないよ。それこそ毎日必死にバイトして、がむしゃらに生きてきたからなんとか乗り越えられたんじゃないのかな」
サバの味噌煮を食べ終えたオヤジは、お茶を口にした。
「別の見方をするとさ。大山俊介の才能が浩介に受け継がれたことって、なにか意味があるような気がしてるんだよ」
「意味?」
なんの意味だ?
「オヤジを楽させてやれとか、そういうことか?」
オヤジはハッハッハッと大声で笑った。
「そんな低俗なことじゃないよ。もっと大きな意味」
「さっぱり分からないぞ」
「僕もわからないよ。でもいつか自然にわかる時がくるような気がする。だから気にしなくていいかな」
「じゃあ最初から言うなよ」
「そりゃそうか」
そう言ってオヤジはまた大きな声で笑った。
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