No.33:支払い能力


「そもそもどうして北京総合新薬っていう会社なんですか? 中国には他にたくさん製薬会社がありそうな気もするんですが」


「ああ。それはね、中国の薬品監督基準局からの紹介なんだよ」


「薬品……監督基準局、ですか?」


「そう。日本で言う厚生労働省の医薬・生活衛生局みたいなところかな。中国全土で新薬の審査や管理を一括して行っているお役所だ」


「なるほど、お役所からの紹介なんですね」


「ああ。うちの佐竹社長がその薬品監督基準局の役人と昔から知り合いでね。その知り合いから紹介された会社が北京総合新薬なんだ」


「達也さんは、その北京総合新薬の詳しい会社内容をご存知なんですか?」


「いや、さすがに詳しい財務内容までは把握してないんだ。まあこれは社長の方針なんだけど、さすがにお役所からの紹介なんだから、変な会社を紹介してくることはないだろうってね。そこは信用していいだろうと思ってる」


 ……危険だな。

 でも北京総合新薬のデータは外部に見せてはいけないと、官房長官からの厳命だ。


「でも俺が聞いた話だと、さすがに75億円もの支払い能力は厳しいんじゃないか、という見方もあるみたいなんですけど」


「んー、まあその辺は信用するしかないかな。それに帳簿に載っていなくても、経営陣や株主とか個人からのお金というケースも考えられるからね。特にあの国は、富裕層は日本では考えられないぐらいキャッシュを持っているケースもあるんだ」


 ……ダメだ。考え方がかなり傾倒していて、楽観的過ぎる。

 おそらく佐竹社長の意見の影響力が強いのかもしれない。


「北京総合新薬との商談というかミーティングは、もう何度もされているんですよね」


「ああ、もちろん。私も何度か先方の事務所や工場に行ってるし、向こうの社長や経理部長もここへ来てもらったりしている。最近は詳細を詰めるのに、Web会議が中心だけどね」


「Web会議……ですか?」


「ああ。まさにこの部屋を使ってやるんだ。パソコンを持ってきてね」


「ちなみに会議は何語でやられるんですか? 中国語ですかね」


「うん、そうだよ。うちの社員で中国から帰化した女性がいてね。いつもその人に通訳をしてもらってるんだ」


「北京総合新薬側も、Web会議にパソコンを使われているんですか?」


「ああ、そうだね。私が出張したときに日本側にいたスタッフを含めてWeb会議をやったんだ。大きめのモニターと目玉みたいなカメラが別にあったから、ちょっと古いシステムだなぁと思ったんだけどね。ほら、今はカメラ一体型のが多いだろう?」


 ……デスクトップPCに外付けカメラ、か。


「中国だけじゃなく、先方は世界中の取引先とやりとりをしていて、なんだか一日中Web会議をやっていた気がしたよ。まあそれで出張しなくていいわけだから、世の中便利になったもんだね」


「そうなんですね」


「そうは言っても来月は忙しくなる。月末に契約を終えたら、私もすぐに技術者をつれて中国へ出張なんだよ。先方の工場へ行って製造方法の詳細を伝えていかないといけないからね。先方は5月には工場を稼働させたいみたいなんだ」


 なるほど、佐竹製薬にしても北京総合新薬の売上に対してマージンが入るわけだから、稼働は早いほうがいい。


「プロイトフェンはうちの社運をかけた一大プロジェクトなんだ。成功させれば当面の研究開発費も確保できる。うちの会社の懐事情も厳しいからね」


 結局は資金繰りが苦しいから、多少の問題点は目を瞑ろうということか。

 それにしても……金額が金額だけに、失敗した場合は致命傷になりかねない。


 どうする?

 一番知りたいのは、北京総合新薬が75億円もの大金をどうやって支払うつもりなのか、ということだ。


「達也さん。ひとつお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」

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