No.32:それにしても無理がある


「突然押しかけてしまって、申し訳ありません」


「いやいや、でもまさか大山くんとウチの会社で会うことになるなんてね。私も驚いているよ」


 雪奈のお父さん、桜庭達也さんは少し固い笑顔を浮かべた。


 ババア……大池官房長官と会った翌日の3月27日。

 俺は朝一で佐竹製薬に電話をして、達也さんにアポを取った。

 最初、日を改めてほしいと言われたのだが、


「ある筋の方から、プロイトフェンと北京総合新薬という会社のことを聞きまして……」


 至急お会いしたいと話をすると、達也さんも時間を作ってくれた。

 俺は電車を乗り継いで、この街の郊外にある佐竹製薬の簡易会議室で達也さんと面談している。


 昨日雪奈とひなさんが帰った後、大池官房長官から受け取った資料にもう一度目を通した。

 確かに北京総合新薬という中国の会社は、見れば見るほど怪しいのだ。

 資料のデータが正しければ、75億なんていう支払い能力は絶対にないと言い切れる。


 確かに流動資産が15億円程度ある。

 でもおそらくこれは今月末の1回目の支払いに使われるものだろう。

 残り60億円分、どうやっても資金の捻出ができるとは思えないのだ。


 固定資産は工場があるだけで、せいぜい10億円程度。

 投資有価証券にしても、大したものは見当たらない。

 収益状況も償却前利益でギリプラスだが、最終利益は赤字。

 担保余力もない状況で、融資を受けることも困難だろう。

 少なくとも俺が金融機関だったら、こんな会社にとてもじゃないが60億も融資できない。


「ところでプロイトフェンと北京総合新薬の話は、誰から聞いたのかな?」


「すいません、それは誰かは言えないんです。ただ元をただすと政府関係者になると思いますが……」


 官房長官からは「私から直接話を聞いたとは絶対に言わないで。でも政府関係者ということは、仄めかしてもらってもいいわ。実際すでに何度も民間を通じてアプローチしているから」とは言われている。


「やっぱりそうか……いや、今までも他にアプローチと言うかアドバイスと言うか……色々とあったからね」


「やっぱりそうだったんですね」


「しかしなぁ……どうしてまた大山くんなんだろうね」


「俺もそう思います。でも……やっぱり俺はある意味悪目立ちしてるようですからね。雪奈と、その……付き合っているという意味も含めてですけど」


「ああそうか。聖クラークの特待生で全国模試1位というのは、相当目立つ存在だろうからね」


 俺は大山俊介の孫である事を言うのは避けた。


「それと俺は株式投資もしてるんで、財務諸表は一通り読めるだけの知識はあるだろうと思われているのかもしれません。なので……えっと……達也さん、とお呼びしても構いませんか?」


「ああ、問題ないよ。大山くん」


「すいません。達也さんと北京総合新薬について、もう一度話をしてみて欲しいと依頼を受けたんです」


「なるほどねぇ……」


 達也さんは椅子の背もたれに体をあずけ、ため息をひとつ吐いた。


「いやぁ、私も個人的には海外の企業にこの技術を開示したくないんだ。ただねぇ……資金が必要なのは確かなんだよ」


「金額的に、日本の企業と倍以上の開きがあると聞いたのですが」


「そうなんだ。もう知ってると思うけど、日本の企業からのオファーが30億円。北京総合新薬からのオファーが75億円だ。契約が成立すれば、最初の15億円が月末に支払われる。残りは各月末に15億円ずつ、4回の分割払いとなる予定だ」


「そうなんですね」


 各月末に、15億円×5回の分割払いか。

 いやそれにしても無理があるな。


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