No.31:チキン南蛮


「疲れてないか?」


 俺は駅から家へ向かって歩いている途中、一緒に歩いている雪奈に話しかける。

 なにしろ昨日、俺たちは沖縄から帰ってきたばかりだからな。


 俺の乗った車が駅前に到着したのが、4時半ちょうど。

 それから雪奈は15分ほどしてやってきた。

 車から降りるところを見られなくてよかった。


「全然大丈夫だよ。浩介君は?」


「……少し疲れ気味だ」

 もちろん沖縄のせいじゃない。

 政府高官のババアのせいだ。


「大丈夫? ちゃんと暖かい恰好しないとダメだよ」


 雪奈はいつも俺の体調を心配してくれる。

 食事を頻繁に差し入れてくれるのもそのためだ。

 もう女神。いや、聖母か。


「あれ?」


 俺の家のマンションのお客様用駐車場に、見覚えのある軽自動車。

 ひめさんの車だ。


「ひめさんが来てる」


「え、本当に?」


「ああ。ここのところ連日だな」


「そういえば沖縄に行った初日にも、来てたものね」


 俺たちはエレベータで5階へ上がる。


「ただいま」「お邪魔します」


 リビングに入ると、オヤジとひめさんが座っていた。

 しかも横並びに。

 オヤジはビールを飲みながら、何かつまんでいる。


「おー浩介、おかえり。雪奈ちゃんも、いらっしゃい」

「お、お邪魔してます」


 ひめさんは、立ち上がって挨拶をした。


「ひめさん、すいません。オヤジの相手してもらっちゃって」


「そんな……私がお会いしたくて……いえ、そうじゃなくって……」

 ひめさんは顔を真っ赤にしながら、あたふたとパニクッている。


「ひめさん、私も食べるもの持ってきたんですよ。浩介君、皆で食べたらどうかな?」

 雪奈が助け舟を出した。


「ああ、そうしよう」


「ひめさんが、おつまみを持ってきてくれてね。先にやらせてもらってるよ」

 ビールが入ったコップを掲げながら、オヤジは上機嫌だ。


「ひめさん、おつまみはなんですか?」

 雪奈が聞いた。


「らっきょうのベーコン巻きよ」

 ひめさんが教えてくれた。


 またエッジの効いた一品だな。

 そういえば、ひめさんはお酒は飲まないのかな?


「ひめさん、ビールは飲まないんですか?」


「ええ、BLは読まないわ」


「……そうなんですね」


 もう面倒くせーからいいや。

 雪奈が目をぱちくりさせてるけど。

 それによく考えたら、ひめさん車で来てたんだよな。


 俺と雪奈は、キッチンに向かった。


 雪奈が持ってきてくれたチキン南蛮を用意する。

 俺は冷凍ご飯をレンジで温めた。

 雪奈は冷蔵庫のしなびたシメジで、味噌汁も用意してくれた。

 粉末だしを使った簡単なやつだけどね、と言っていたが、それでも十分美味いことは実証済みだ。


 俺たちは四人で、チキン南蛮定食を食べ始めた。

 さすがは雪奈の手料理、ハズレがない。

 ひめさんも驚いていて「おいしい。レシピ教えてくれる?」と雪奈に聞いている。


 食事が終わって、オヤジが松葉杖をついてトイレに行ってる間に……


「あの……あんまり頻繁に来てしまったら、ご迷惑かな?」


 ひめさんがうつむき加減で聞いてきた。


「全然そんなことないですよ。オヤジのあの顔見ればわかるでしょ? 喜んでると思いますよ」


「だといいんですけど……」


「ひめさん……そのセーター、セクシーですよね」

 雪奈が俺も気になっていたことに、ツッコミを入れた。


「そ、そう? でもちょっと、恥ずかしくて……」


 今日のひめさんは、ライトブラウンの薄手のセーターだ。

 体にピチッとフィットするタイプで、しかもVネック。

 衿ぐりが深く、胸の谷間がしっかり見える。

 いや……見せてるの? というレベルだ。


「さっきから浩介くんもお父さんも、ずーっとひめさんの方、ちらちら見てるんですよ」


「いや、別に俺は……」

 でもこれはさすがに目がいくだろ。


 ひめさんは頬を赤らめる。


「これね……ひなに、これを着ていくといいよって言われて……」


 変な入れ知恵をしたのは、ひなか。


「その……ちょっとでも女性として意識してもらいたいんだったら、って……」


「……」「……」


 こりゃ重症だな。

 オヤジ、どーすんだよ。


「いやーもうこの松葉杖って本当に不便だねぇ。用を足すのも手を洗うのも大変……って、あれ? 皆どうしたんだい?」


「どーもしねーよ!」


 ひめさんは頬を赤らめたまま。

 雪奈はニコニコと笑っていた。


         ◆◆◆


「お邪魔しました!」

「遅い時間まで、すいませんでした。おやすみなさい」


 雪奈とひめさんが、我が家の玄関から帰っていった。

 時刻は8時半過ぎ。

 ひめさんが雪奈を自宅まで車で送ってくれるそうだ。


「また綺麗な女性たちに、食事をごちそうになっちゃったなー」


「本当だよ」


 オヤジは喜んでいるが……


「ひめさん、最近よく来てくれるよな」


「ん? ああ、そうだね」


 オヤジは少し、物思いにふける表情を見せた。


「可愛いんだよなぁ。純粋でまっすぐで。少し話はアレなところもあるんだけど」


「巨乳だしな」

 俺は茶化す。


「まあそれを除いたとしてもだよ」


 ……オヤジも気になるってことなのか?


「でも若いよな、ひめさん」


「そうなんだよなー。親御さん、心配してないかなー」


 まあ自分も人の親だから、心配になるんだろうな。

 そりゃ22歳の娘が、43歳のバツイチ子持ちのおっさんのところへしょっちゅう来てるって知ったら、親御さんも良くは思わないかもしれない。


 少し早いが、俺は風呂の準備をすることにした。

 浴槽を洗い、お湯を張る。


 リビングに戻ってくると、オヤジはテレビを見ていた。


「ねえ浩介」


 テレビを見ながら、オヤジは話しかけてきた。



「浩介は……いもうとカフェって行ったことある?」


「……はぁぁぁ?!」



 突然何を言い出した?

 今日は本当に驚かされることが多い。

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