No.29:国家権力
「話が逸れたわね。大山君、この件について我々もあらゆる方面からアプローチはしてみたけど、結果が出なかった。本来これは厚労省のマターなんだけど、日本の医療技術戦略の将来に関わる重大事項。総理の指示で私が動いているの」
官房長官の直轄とは……よっぽどの重要案件なんだな。
「あなたに
…………俺は小さくため息をつく。
達也さんと話をするのは、やぶさかではない。
しかしあまのじゃくな俺は、そうは答えなかった。
「小池官房長官」
「大池よ」
「もし俺がいやだ、と言ったらどうなるんですか?」
おれは少し腹を立てていた。
そりゃそうだろう。
いきなり黒塗りの車に拉致され、都心のこんな料亭に連れてこられて、いろんな話をされて……。
それで二つ返事で「はい、そうですか」と言うほど、俺は人間はできていない。
「大山君は受けてくれると信じているわ。でも受けてくれないとなると……そうねぇ……」
官房長官は視線を少し斜め上に上げた。
「例えばだけど……大山君、いま米系のインタラクティブ・ストック証券でAPIを利用して、システム売買をしているわね」
「……それが何か?」
……なんでそこまで知ってんだ、この人。
ていうか、個人情報保護とかどうなってる?
「でもおかしいわね。口座名義人は大山春樹。あなたのお父さんになってるわ」
「……」
その通りだ。
システム売買をするためには、信用取引口座を開設する必要がある。
だが俺は未成年で、開設することができない。
だからオヤジの名義を借りて、口座を使わせてもらっている。
「つまり他人名義の口座を使って、あなたが注文を入れて株式売買を行っている。これは明らかに証券会社の約款・規約違反よ」
「……」
俺は何も答えられずにいた。
確かに厳密に言えばそうかもしれない。
しかし実務上では、それほど問題ないはずだ。
「証券会社の約款・規約違反の場合、その口座開設以降の全ての取引を無効にすることもできるわ」
「バカな!」
そんなバカな話があるか!
つまり俺が毎日コツコツ積み上げてきた300万円以上の利益を、すべて無効化するということか?
「そんなことできるはずがない! 聞いたことねえぞ。そんな前例はないはずだ!」
「もちろん前例なんてないでしょうね。でも……」
官房長官は邪悪な笑みを浮かべる。
「前例は作るものなのよ。国家権力を甘く見ないことね」
「クッ……」
そんなこと、できっこない。
ブラフだ。絶対に。
だが100%そうだとは言い切れないのか……?
「……きたねえぞ」
「大人は皆、きたないのよ。でもあなたは断らないわ。大切な恋人のご家族に関することだもの」
ちっきしょう……
手のひらの上で転がしやがって。
ますます気に入らねえ!
「そうそう、言い忘れていたわ」
官房長官は思い出したように言った。
「今の予定では、3月30日に佐竹製薬は北京総合新薬とプロイトフェン製造に関する契約を締結して、31日にはパテント使用料75億円のうち15億円が佐竹製薬に支払われる予定なの。時間がないわ」
今日は……3月26日。
「あと4-5日しかねえじゃねーか! 無理ゲー過ぎるぞ!」
「だから急いでちょうだい。あなたのベストエフォートベースで結構。結果は問わないわ。もちろん成果を上げてもらった場合は、それ相応の報酬で報いるつもりよ」
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