No.28:あら、ご謙遜ね


 俺はファイルケースに目を落とした。

 ケースを開け、資料を取り出す。


「決算書、英文じゃねえか……」


「北京総合新薬の分はね。あら、中国語の方がよかったかしら?」


「勘弁してくれ……」


「大山くん。あなたにお願いしたいのは、このプロジェクトの実務的なキーマンである桜庭達也氏にコンタクトして欲しいの。そしてこの辺のことも含めて、もう一度話をしてみてちょうだい。もしかしたら、彼らは十分な情報を持っていないかもしれない。我々の目的は、第三国にこの貴重な製薬技術を流出させないこと」


 俺はここで、始めから気になっていたことを聞くことにする。


「そもそもどうして俺なんです? それこそ官房長官ご自身でお話をされればいいじゃないですか。その方が、よっぽど効果がありますよね」


「ダメよ。国は民間の意思決定に関与してはいけないの。それは大前提。そんなことがマスコミにバレたら、それこそ大問題よ」


 たしかに……それはそうかもしれないが。


「実はもう既に非公式に、民間を通じて佐竹製薬を説得してきたのよ。でも社長が全然首を縦に振らないわ。その理由は、佐竹製薬の財務体質にあるの」


「……金が必要だと?」


「そう。佐竹製薬は技術力は高いんだけど、そのビジネスモデルから多大な研究開発費がどうしても先行するの。おかげで会社は直近3期連続の赤字。この状況でプロイトフェンは、まさに干天の慈雨なのよ。累損を一掃どころがおつりがくるわ」


「それにしたって……こんなデカい話、一介の高校生には荷が重すぎますよ」


「あら、ご謙遜けんそんね。あなたは一介の高校生ではないでしょ。大山浩介君」


「……どういう意味ですか?」


 大池官房長官はもったいぶったような口調で話し出す。


「幼少の頃からプログラミングでは突出した才能を持ち、聖クラーク特待生で統一模試では全国トップ。そしてそのITスキルと金融会計知識で、株式のプログラム売買を自ら実践して利益を上げているわ。そしてなにより」


 官房長官は右の口角を少し上げた。




「天才物理学者、大山俊介おおやましゅんすけのお孫さん」




「……俺の祖父は、そんなに凄い人だったんですか?」

 

 俺はいろいろ言いたいことがあったが、とりあえず俺のじいさんのことが聞きたかった。


「お父様から聞いてないの?」


「オヤジはあまり話さないんです。自分が若かったときの事とか」


「そう……大山俊介氏は若くして亡くなられたから、今ではそれほど語り継がれていないのかもしれないわね」


 官房長官は、少し悲しげな表情で話を続ける。


「大山君のおじいさま、大山俊介氏は物理学者兼数学者で元東帝大学教授。素粒子物理学とニュートリノの専門家で日本の、いえ、世界の第一人者といっても過言ではなかった人物よ。学会でもその突出した才能は群を抜いていて、若くしてアメリカのマサチューセッツ工科大学へ国費留学の経験もあった稀代の天才。46歳の若さで亡くなられたんだけど、もしそのままご存命だったらノーベル賞候補にも挙げられていたとさえ言われているわ」


 ……初耳だ。

 凄いとか、そういうレベルじゃねえぞ。


「俊介氏が突然の心筋梗塞で亡くなられたとき、あなたのお父様はまだ16歳。それから4年後に、俊介氏の奥様も進行ガンで亡くなられているわ」


 官房長官の瞳が少し揺れる。


「俊介氏も奥様もご両親は既に他界され、ご兄弟もいなかった。つまりあなたのお父様、春樹さんは、二十歳の時に天涯孤独になってしまった。これは私の想像だけれど……あなたのお父様はお若いころ、筆舌に尽くし難いご苦労をされていると思うわ」


 オヤジ……そうだったのか?

 いままで全然話してくれなかったじゃないか。

 まあ自分の苦労話を話すような人でもないけれども……。

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