No.27:赤だと思います


「今後の研究で、もしかしたら他のガンへの有効性も認められるかもしれないわ。しかもそれだけじゃない。主成分を有機物から抽出できることから、ガンへのワクチン化が期待できるのよ。もちろんこれからの研究になるんだけど」


「……本当ですか?」


「もちろん現段階ではポテンシャルに過ぎないわ。でもガンの治療だけでなく予防にも期待できる、というだけで今までにない画期的な医学的成果なのよ。もしこれが実現できれば、将来わが国の医療費削減、及び外交上の材料としても見込める成果は計り知れないわ」


 なるほど……政治的には、そういうことなんだろうな。


「ところが……佐竹製薬はこの製造ノウハウを、中国企業に提供しようとしているの」


「中国企業に?」


「そう。中国は人口が多い上に、まだまだ喫煙率が高くて肺ガン患者が多いでしょ? だからこのプロイトフェンは中国で爆発的に売れるのは間違いない」


 官房長官は、お茶を一口啜った。


「でも我が国としては、この画期的技術は第三国には流出させたくないの。是が非でも国内で研究育成していかないといけない技術だわ」


「なるほど……それはわかりますが、日本の製薬会社でそれを製造したいっていう会社はないんですか?」


「あるわよ。でも価格が折り合わないの。プロイトフェンを1人分作るのに、蚕が300匹から500匹必要といわれていて、コストが高いの。これからの治験のコストや不確定リスクも含めると、どうしたって中国企業に勝てない」


 官房長官は悔しそうな表情を浮かべる。


「日本の製薬会社数社がオファーしたパテント使用料がほぼ横並びで30億円。一方で中国の製薬会社、北京総合新薬有限公司からのオファーが75億円。2倍以上の開きがある」


「そんなに開きが……」


「ただその北京総合新薬っていう会社がね、非常に胡散臭いのよ。えーっと、この資料……」


 官房長官は自分の横においてあったものを取ろうとして、固まった。

 どうやら自分のスカートのファスナーが、全開だったのに気がついたようだ。


 ジーーーっとファスナーを上げる音がした。

 頬が少し紅潮している。


 なんだこれ?

 ちょっとカワイイじゃねーか。


「座るとき、見えた?」

 上目遣いで聞いてきた。


「何がですか?」


「下着とか」


「いえ、何も」


「私の好きな色、知ってる?」


「赤だと思います」


「見てんじゃないの」


「いてっ」


 プラスチックのファイルケースを出してきて、それで俺の頭をポンと叩いた。


「俺、悪くないですよね?」


「詰めが甘いのよ」


 そう言ってファイルケースを俺に渡してきた。


「極秘書類だから取り扱いに注意してね。その中に北京総合新薬と佐竹製薬の決算資料と直近の試算表、それと佐竹製薬の直近の資金繰り表が入ってるわ」


 そんなもん、どうやって入手したんだ?

 それこそ産業スパイとか、そういう世界だろ。


「それを見ればわかるけれど、北京総合新薬に75億円の支払い能力なんて全くないのよ。15億か、あってもせいぜい20億円ぐらい。だからこの取引には、何か裏がある。我々はそう見ているの」

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