No.26:プロイトフェン


「遅くなりました」


 そう言って、彼女は俺の向かい側に座った。

 それはいい。

 いいのだが……。


 タイトスカートの横のファスナーが全開だった。

 谷口さん、教えてやれよ……。


 さらに座る時、その部分がパックリと開きストッキング越しに下着まで見えてしまった。

 赤のショーツ。

 その年齢で、赤のショーツか。

 ひょっとして上もなのか?

 怖くて想像できなかったが、一部マニアにはニーズがあるだろう。

 いや、あるのか?


「突然ごめんなさいね、大山君。驚いたでしょう」


 1.2メートル前に、我が国の女性官房長官が座っている。

 さすがの迫力だな。


「驚いたなんてもんじゃないですよ。一体何が起こってるんですか?」


「そうよね。本当は詳しく説明したいんだけど、時間が15分しかないの。だから早速用件から入るわね」


 大池官房長官は姿勢を正した。


「桜庭達也氏に、コンタクトをとってほしいの」


「!」


 全く想像外の言葉が、官房長官の口から飛び出した。

 雪奈のお父さんに……コンタクトを取れ、だと?


「……達也さんに? 一体全体、どういうことですか? 何故雪奈……桜庭のお父さんのことを?」


「桜庭達也氏の娘さんの雪奈さん。あなたの恋人ね」


「……」


「そして達也さんは、大山くんに絶大なる信頼を寄せている。ここまではいいわね」


「……」


「時間もないし肯定と受け取るわ。ところで大山くん、桜庭氏のお勤めの会社について、何か知ってるかしら?」


「……いえ、製薬会社にお勤めとしか」


 俺は一方的に話を進められ、動揺と同時にかなりムカついていた。

 しかし、ここは一旦話を先に聞くことにする。


「佐竹製薬。業界12位の非上場会社よ。ちょっと大まかに概要を説明するから聞いてもらえるかしら」


 大池官房長官は、淡々と語り始めた。


「佐竹製薬株式会社。社長は佐竹貴一。いわゆるオーナー企業ね。売上はパッとしない会社だけど、その技術力は日本トップレベルよ。佐竹製薬は自社ラインを持っていなくて、製造ノウハウを契約した他社に公開しているの。そこでパテント使用料と売上に応じたマージンを受け取って、それが会社の売上になっている。つまり研究開発に特化したビジネスモデルね」


 なるほど、そういうビジネスモデルもあるのか。


「その佐竹製薬が最近開発した新薬……プロイトフェンっていうんだけど、これがもの凄いポテンシャルを持った新薬でね。蚕の体液から抽出した成分で組成されているんだけど」


 そういえば達也さん、最近プロジェクトでずーっと忙しいって言ってたな。


「カイコ? 蚕って、あの絹のマユを作る蚕ですか?」


「そう。その蚕の体液に含まれるイプシン酸オールストレーム・ハンマルルンド・トランティーキョ・ポールシャイト・アイロオエールっていう成分なんだけど」


「……もう1回言ってもらえますか?」


「よく聞いてて。イプシン酸オールストレート・ファミマルマンド・タランティーノ・ポールダンス・アロハオエオエっていう成分」


「1回目と全然違いますよね」


「略してイプシン酸と呼んでいるわ」


「ごまかし方、雑」


「このイプシン酸、治験はこれからなんだけど、今のところ肺ガンに対して高い有効性が認められてるの」


「肺ガンに?」


 もし本当だったら、世紀の大発見じゃないのか?

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