No.25:大池百合子
黒塗りのセダンは、ものすごいスピードで高速道路を走っている。
メーターを見ると、120キロ以上のスピードだ。
捕まっても知らねーぞ。
俺は道端で会った男性の言うことを、とりあえず信じてみることにした。
男性の名前は谷口さん。
谷口さんは大池官房長官の秘書兼SPという役職らしい。
「官房長官の秘書は複数いるんですけどね。自分の場合はちょっと特殊な立ち位置なんです」
助手席に座った谷口さんは、後部座席に座っている俺に向かってそう言った。
谷口さんは元自衛官らしい。
どうりでガタイがいいわけだ。
車の中にはもう一人、ドライバーがいる。
痩せ型で、目つきが鋭い男性だ。
彼はたまに小声で谷口さんと話すだけで、俺とは会話をしない。
車は高速を走って、都内に入ったことだけは分かった。
ただ都内のどこなのか。
これからどこへ行くのか。
まったく謎である。
高速の出口を降り、10分ぐらい走ったところで車は止まった。
助手席の谷口さんが車を降りて、後部座席のドアを開けてくれた。
車を降りて正面を見ると、そこは日本料理店だった。
いわゆる料亭?
いや、そこまで立派でもない。
「中に入ってお待ちください」
谷口さんに言われ、店の中に入る。
和服姿の女将さんに出迎えられ、「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」と奥へ案内された。
長い廊下を抜けて、一番奥の部屋のふすま扉を開けてくれた。
「こちらでお待ち下さい」
そう言って、女将さんは出ていった。
この店、間口は狭いが奥行きはかなりある。
ガラス戸の向こうには、小さいながらも中庭が見えた。
こんなカジュアルな服装をした、一介の高校生が来るところじゃない。
明らかに場違いな高級店だ。
立っていてもしょうがない。
掘りごたつになっているテーブル席に座る。
ところで、どこに座ればいいんだ?
上座、下座とかあるんだよな。
俺は適当な席に座った。
スマホを取り出し、ウィキペディアを眺める。
大池百合子 52歳
元ニュースキャスター。
東京都知事を経て、1年前より女性初の内閣官房長官に就任。
その美貌と歯に衣着せぬ物言い、庶民的な視点からの発言も多いことから、若い層から高齢者まで支持層は幅広く、次期首相候補筆頭と言われている。
言わずと知れた超有名人である。
俺はテレビはニュースぐらいしか見ないが、大池官房長官を見ない日はないと言っていいだろう。
その有名人が俺に会いたいだと?
これっぽっちも心当たりがない。
何かの間違いじゃないか?
逆にそうであってほしい。
失礼します、という声が聞こえて襖が開いた。
女将さんがお茶を二つ、テーブルの上に置いた。
開いたふすまの外に谷口さんが顔を出し、「まもなくお着きになります」と俺に声をかけてくれた。
しばらくすると、再び「失礼します」という谷口さんの声が聞こえた。
襖を開けた谷口さんの後ろから、女性が入ってきた。
白のブラウスに、黒のタイトのミニスカート。
ショートカットでその表情は厳しさとともに、女性らしさをしっかりと携えている。
どう見ても40代前半のそのスタイルと美貌は、人並外れたオーラを伴っていた。
大池百合子、内閣官房長官。
その人だった。
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