No.24:紺色の大型セダン


 沖縄から帰ってきた翌日。

 俺は遅めの朝食を取ってから、電車に乗って本屋へ向かった。

 受験用の参考書でも物色しようかと思ったからだ。


 昨夜オヤジに、お土産の紅芋タルトを渡した。

 オヤジは喜んで、ビールのつまみにしていた。

 味覚がひめさんに感化されてないか?


 そう言えば、ひめさんは俺たちとビデオ通話した翌日も家にきて、オヤジと食事をしたらしい。


「なんだか悪くてね。でも可愛いんだよー。一生懸命話してくれる姿がさ」


 戸惑いながらも、オヤジは嬉しそうだ。

 でもなんだか、娘を見ているような視点のような気もするが……。

 ちょっとモヤッとする。

 ひょっとしたら、オヤジも持て余しているのかもしれない。


 本屋で問題集を2冊購入して、家に戻る。

 電車を降りて、家まであと2-3分ぐらいの距離。


 人通りの少ない道に、紺色の高級そうな大型セダンが止まっていた。

 窓ガラスが黒くスモークされている。


 助手席側のドアが開き、スーツを着た男性が降りてきた。

 まっすぐ俺の方へ向かって歩いてくる。

 そして俺の目の前で立ち止まった。


「大山浩介さんですね」


 俺は正面から、その男を見る。

 身長は俺よりやや高く、がっしりした体型だ。

 胸板が厚く、力勝負になったら絶対に勝てないだろう。

 ショートカットのヘアスタイル。

 見た目は若い。20代半ばぐらいか?

 切れ長の目元で、精悍な顔つきだ。


 たしかに反社っぽい人ではないが、あの車はいかんだろ。


 ここまで思考時間は1秒。

 俺は脊髄反射的に答えた。


「いえ、人違いです」


「いやぁ……我々も確認してやって来てますので」


「サヤ ティダ マガルティ バハサ ジュパン」


「サヤ スダ タウ カム ビサ ブルバハサ ジュパン (あなたが日本語をできることを知ってますよ。) 」


 完璧なインドネシア語で返された。

 コイツ何者だ?


「突然申し訳ありません。名前は明かせないのですが……とある政府筋の方が大山さんにお会いしたいと申しております。お時間は取らせませんので、少しの間ご足労願えませんでしょうか? 決して怪しいものではないことを、お約束いたします」


 言葉遣いは丁寧だ。

 確かにこの人、反社というよりSPという感じの人だな。


「いや怪しい人たちほど、そう言うでしょ」


「申し訳ありません。ここは自分の言葉を信じていただくしかないのですが……」


「せめて誰に会うかだけでも、教えてもらえませんか? それが礼儀じゃないですかね?」


 俺はちょっと不機嫌そうに言った。


 男性はちょっと逡巡したが、


「わかりました。少しお待ち頂けますか?」


 耳元を押さえながら、俺に背を向けた。

 よく見ると、耳元にインカムが見える。

 小声で何か話していた。


「お待たせしました」

 男性は俺の方に向き直った。



「大山さんに面談を申し出ているのは、我々のボス、大池百合子、内閣官房長官です」


「……?」



 ナイカクカンボウチョウカンって、どういう漢字を書くんだっけ?

 俺はそんなことを考えた。

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