No.22:ドリンクバー


「うーん、楽しかったー」


 雪奈は上機嫌で、俺の腕を取っていた。

 ダンスが終わったあと、俺と雪奈は2人でビーチ沿いを散歩しようと歩きだした。

 火照った体をクールダウンするにはちょうどいい。


「なっちゃんは一人で部屋に返して大丈夫だったか?」


「この敷地内だったら安全だよ。喉が渇いたら後でレストランのドリンクバーに行くって言ってたけど、全然大丈夫でしょ」


 まあ確かにホテル内だったら、変な輩にナンパされることもないだろう。


「もう明日帰っちゃうんだね」


「ああ、本当にあっという間だったな」


「葵には感謝だね」


「本当だな」


「ねえ、また来たいな。今度は2人で」


「……そうだな」


 別に沖縄じゃなくったっていい。

 雪奈と2人だったら、どこでも楽しいさ。


 俺たちはビーチに向かって歩いていく。

 波の音が近くなってきた。


 すると風にのって、話し声が聞こえてきた。

 先客がいるようだ。


「めっちゃ踊ったわー」


「踊り上手だったね、葵ちゃん。びっくりしたよ」


 木陰を挟んですぐ裏手のベンチに、慎吾たちは座っているようだ。

 俺たちはそこで立ち止まった。

 立ち聞きするつもりもなかったのだが……


「でも……ウチらも雪奈のとこみたいに、家族ぐるみで付き合えるとええなぁ」


「僕の家は、葵ちゃん大歓迎だけどね」


「それはほんまにうれしい。慎吾のご両親、めっちゃええ人でよかった。あんなに歓迎されるとは思わへんかったわ」


「うちの両親は喜んでるよ。素敵なお嬢さんだって」


「ウチも両親に紹介したいわ。慎吾のこと」


「……でもお父さん、葵ちゃんのこと可愛がってたみたいじゃないか」


「いまでも信じられへんわ。あのな……ウチ怖かってん」


「怖かったって?」


「私の知ってるお父さんって、めちゃくちゃワンマンなんよ。せやからある日突然、男の人連れてきて『おい葵、この男と結婚せえ』って言われるんちゃうかなって」


「いくらなんでも……そんなことしないでしょ」


「うん……昨日おねえちゃんたちの話を聞いて、少し安心したけどな。でもやっぱり親には認められたいやん?」


「葵ちゃん、全然焦ることないよ」


「慎吾……」


「葵ちゃんはさ、このホテルを率いる竜泉寺グループの社長令嬢なんだよ。いくら末娘とはいっても、箱入りに育てられるのは当たり前さ」


「……」


「でも僕たちが真剣に、真摯に交際していれば、ご両親だって絶対納得してくれる。納得してくれるまで、僕はなんでもするよ」


「慎吾……」


「だから一人で悩まないで。一緒に考えよう。僕がそばにいる。僕がいつだって、どんなときだって、葵ちゃんを守るから。心配しないで」


「ごめんな、面倒くさい女で……」


「そんなこと、思ってないよ」


 葵が鼻を啜る音が聞こえてきた。

 雪奈が俺の腕を引っ張る。

 足音を立てないように、俺たちはゆっくり立ち去った。


「……何とかしてあげたいね」


「そうだな。でもこればっかりは、俺たちは部外者だからなぁ」


「そうだね……私達はよかったね」


「本当にそうだな。雪奈のご両親はいい人だし、うちのオヤジはあんなのだしな」


「あんなのはヒドイでしょ。やさしいお父さんじゃない」


「どうだかな」


 心地よい沖縄の風が、俺達の顔をかすめていく。


「雪奈」


「なあに?」


「ずっとそばにいてくれよ」


「……どうしたの? 急に」


「なんとなくだ」


「いるにきまってるじゃない」


 雪奈は俺の腕を取る力を、ぎゅっと強めた。


「私はどこにもいかないよ。浩介君のそばにいるから」


「雪奈……」


 俺はゆっくり歩きながら、雪奈のこめかみにキスをした。

 雪奈は俺を見上げて、にっこりと笑った。

 本当に愛おしいと思った。


         ◆◆◆


 その頃、ホテルのドリンクバーでは……


「あれ? ひなちゃん!」


「ああ、なっちゃん。なっちゃんも喉乾いたの?」


「そうなんです。ここのドリンクバー、24時間開いてるって聞いたんで」


「ひなもそう。踊ったら汗かいちゃったしね」


「あたしもです。ひなちゃん、めっちゃ踊ってましたね。胸が凄いことになってましたよ」


「あー、もうこれ、邪魔でしょうがないよ」


「……あたし、喧嘩売られてます?」


「なっちゃんも、もうじきだよ。雪奈もそうだったしね」


「お姉ちゃんみたいに、なりますかね?」


「なるでしょ。だってなっちゃん、雪奈にそっくりじゃん」


「それはよく言われますけどね」


「あーあ、私ももう少し身長が高ければなー……」


「……ねえ、ひなちゃん」


「ん?」


「ひなちゃんって、浩介さんのこと好きだったんですか?」


「ブフォっっ」


「うわ、ひなちゃん、汚い!」


「ケホケホ……ごめんごめん……うわー、なっちゃん直球投げてきたー」


「ごめんなさい。変化球の投げ方、知らないんで」


「笑顔でそう言われてもね……うーん、なんていうかな。憧れ、みたいな感じ?」


「憧れ、ですか?」


「うん……コースケってさ、雪奈のことを思って行動するとき本当に凄いんだよ。その行動力とか」


「そうなんですね」


「そう。それを見ててさ、あーいいなー、好きな人にここまでされたら幸せだろうなーっていう、憧れみたいなもの?」


「なんとなくわかります」


「でもさ、多分それって『雪奈のことを好きなコースケ』だから、そう感じると思うんだよね」


「?」


「つまりね、もし雪奈とコースケがダメになっちゃったら、ひなはコースケに全然魅力を感じなくなると思うんだ」


「そういうもんなんですかね」


「そう。いずれにしても雪奈を傷つけたら、ひなはコースケを許さないし」


「あーでも、それもなさそうな感じですよね。お姉ちゃん、めっちゃ大切にされてるし」


「そうそう。だからそれでいいんだよ。ひなはコースケより、雪奈のほうがずっと大事だし」


「女の友情ってヤツですか?」


「茶化さないの。雪奈がいなかったら、ひなは聖クラークに絶対入れてなかったしね」


「ひなさん中3のとき、毎日のようにウチに来てましたもんね」


「うんうん。懐かしいね。雪奈に勉強教えてもらって……遅くなると夕食まで頂いてさ」


「ははっ、ありましたね、そんなこと」


「それでね、最近やっぱり大学に行きたいなって思うようになってさ」


「そうなんですか?」


「うん。いままで勉強嫌いで怠けてたんだけど、親も大学行ったほうがいいよって言ってくれてるし。だからこれから勉強を頑張ってみようと思ってる。ちょっと遅いかもしれないけどね」


「すごい! ひなさん素敵ですよ」


「だから茶化さないの。でもそれを気付かせてくれたのもコースケなんだ。だからいろんな意味でコースケには感謝してる」


「なんかいいですね、そういうの」


「でもさ、この旅行はちょっとキツイよね。なんでバカップル2組に囲まれないといけないのって感じで」


「あー、それには同意です!」


「もうさ、見せつけられっぱなしで砂糖吐きそうだよ」


「明日は塩でもまいちゃいましょう」


「本当にそう……そうそろ部屋戻ろっか」


「はい、行きましょう」


 ひなはなっちゃんと一緒に、エレベーターホールへ向かった。

 二人とも明日の観光を楽しみにしていた。

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