No.20:キャビンルーム
「このメンバーを見ると、葵も相変わらずそっちで楽しくやってるようだね」
「うん、楽しいよ。まあお兄ちゃんが東京の大学へ行ったとき程じゃないけど」
「ほんまそうやわ。あのときこの人、どんだけ羽目はずして女遊びしてたか。私らの姪とかとか甥とか、でてけーへんやろな?」
「それはない。ちゃんと気をつけてたから、って、ここで言う話じゃないだろ!」
健一さんは、逆ギレしている。
「そういう雅はどうなんだ?」
「うち? うちはなんもないよ。昔っからやけど」
「そういえば、雅はあんまり浮いた話がないな」
そうなのか?
葵に似て、これだけ綺麗なのに。
「やっぱり、ご実家が厳しいからですか?」
雪奈が聞いた。
「まあそれもあるけど……なんか冷めてしまうんよ」
雅さんは続ける。
「うちもこのままやったら、竜泉寺で働くことになるやんか。今からもう、それなりのポジションと収入が予想できてしまうんよ。そうすると周りの男性はそれを超えれへんのがわかるわけやん?」
あー、なるほど。
言わんとするところは分かる。
「もちろん収入が全て、っていう訳でもあらへんよ。それ以上に優秀っていうケースもあるし。例えば学力が全国でトップとか?」
そう言って笑った雅さんは、少し目を細めて俺の顔を見た。
隣に座っていた雪奈が、俺の腕をガシっと取って雅さんの方を見た。
「盗らへん盗らへん、雪奈ちゃん、大丈夫や。ホンマ可愛いなぁ。コースケ君、雪奈ちゃん大事にせなあかんよ」
……そう思うんだったら、言わないでもらえますかね?
そのあと俺達はいろんな話に花が咲いた。
健一さんもやはり家を出たくて、東京の大学を選んだそうだ。
どうやらその時に、今までの反動が出たらしい。
◆◆◆
健一さんと雅さんは、ホテルタワーではなくキャビンの方に泊まっているらしい。
「キャビンルームって、どんなお部屋なんですか? きっと素敵なんですよね」
なっちゃんが興味津々で聞いている。
「そしたら、これからお部屋に遊びに来る?」
雅さんはそう言ってくれた。
「行きたーい!」
ひなも声を上げる。
「広いしこの人数でも大丈夫やと思うわ。じゃあこれから行こ?」
雅さんの一言で、全員移動することにした。
俺たちはテイクアウト用の紙コップで、それぞれコーヒーや紅茶を用意した。
飲み物を持って、8人ぞろぞろと移動する。
ホテルタワーを出て、ビーチの方へ歩く。
南国の木々の間の通路を抜けて行く。
とてもムードのある空間だ。
ビーチ近くまで歩いて、雅さんのキャビンに着いた。
雅さんがカードキーでドアを開け、全員中に入る。
「うわぁー、素敵!」
キャビンの中は、思ったより広い空間だった。
広めのベッドが二つに、ミニキッチンまでついている。
健一さんが、外から椅子を二つ持ってきてくれた。
アウトドア用にも、椅子とテーブルが用意されているらしい。
女性陣は雅さんが使っていないベッドの上に腰掛けた。
男性陣は椅子に座った。
「まあこんな感じの部屋よ」
「広いし素敵!」
ひなが感動している。
「キッチンもついてるし、長期滞在にも向いてますね」
雪奈も感心してる。
「そうやね。長期滞在するカップルやファミリー向けの部屋やね。それとね、ちょっと耳を澄ませてみて」
全員静かになった。
すると……波の音が聞こえる。
「うわー、波の音が聞こえます! ロマンチックですね」
なっちゃんが興奮気味に言った。
「そうなんよ。ビーチから近いところがウリやからね。逆に言うと、こんな広いところに一人で泊まるのは、ちょっと寂しいかもなぁ」
確かにカップルでこんなところに泊まれれば、雰囲気最高だろうな。
いつかは雪奈と一緒に、来てみたい。
そんなことを考えていると……
「あれ? 音声通話……じゃなくって、ビデオ通話?」
ひなが振動しているスマホをポケットから取り出した。
そのままタップしてビデオ通話を始めた。
外に出なくていいのか?
「もしもし、お姉ちゃん?」
「ひな、そっちはどう?」
「うん、お姉ちゃん……って、あれ? そこって、もしかして……ちょっとお姉ちゃん、なにやってんの!?」
ひなが慌てている。
「ちょっと、コースケ!」
ひなが俺を呼んだ。
「どうしたんだ?」
俺はひなの方へ移動して、一緒にスマホを覗き込む。
「おー浩介、元気かー?」
そこにはひめさんの横に並んで、手を振っているオヤジがいた。
「オヤジ、なにしてんの!」
今度は俺が慌てる番だった。
その背景は、明らかにわが家のリビングだ。
「お、大山君、違うの! あの、大山さん、足が不自由でしょ? だから食事の準備とか大変かなと思って。私、勝手に連絡して押しかけてしまって……」
「いや、僕は大丈夫って言ったんだけどねー。でも来てくれて一緒に食事してくれて、楽しんでるよー」
オヤジ、呑気だな。
でも……ひめさん、かなり積極的だったりするのか?
「それでね、お刺身を買ってきたんだけど、冷蔵庫にマヨネーズもケチャップもなくって」
「あー、うちは刺身はお醤油で食べるんですよ」
なんで「うちはよそと違って、お醤油なんです」みたいになってんの?
オヤジ、マヨネーズとケチャップ切らしててよかったな。
「そうだったのね。一応いちごジャムも持ってきてたんだけど、大山さん、使わないっておっしゃって」
いちごジャム、万能過ぎるだろ。
「それでね、私も大山さんも、竜泉寺さんのお兄様とお姉様にお礼を言いたくて。ちょっと連絡させてもらったの」
なるほど、そういうことか。
ひながスマホを片手で持って、俺たちはひなの後に回った。
8人でワイワイと画面の向こうのひめさんとオヤジと会話をした。
そのあと健一さんと雅さんにスマホを手渡して、話をしてもらった。
オヤジとひめさんが、2人にお礼を言っているのが聞こえる。
「ひめさん、結構積極的だったりするのか?」
「ひなもびっくりだよ。いままでそんなことなかったと思うんだけどね」
「ひめさん、お料理とかはできるの?」
雪奈がひなに聞いた。
「うーん、7割ぐらいは大丈夫。3割ぐらい爆弾が入ってる感じかな」
3割か……野球だとかなりの強打者だな。
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