No.19:慎吾の憂い


「なんかさ、もの凄いセレブ感」


「本当にそうだな」


 雪奈の言葉に俺はジンジャーエールを飲みながら頷いた。


「あたしこんなに豪勢なホテル初めてです。葵さん、ありがとうございます」


「ええんよ。ウチも皆で来たかったし」


「ご飯は美味しいし、飲み物も美味しいし、もう最高!」


 ひなは飲食の充実が嬉しいのか?

 そういう俺も夕食では何が出てくるのか楽しみだ。


 俺たちはしばらくプールサイドのテーブルでくつろいでいた。

 夕方近くになったので、それぞれ部屋に一旦戻ることにした。

 夕食には葵の兄姉が合流する予定だ。


 部屋に戻り、俺と慎吾は交代でシャワーを浴びた。

 お互いベッドの上で寝そべってくつろいでいる。


「本当に豪勢だよな」

 俺はごちた。


「本当にそうだよね。あらためて葵ちゃんが、竜泉寺グループのお嬢様っていうのがわかったよ」


怖気おじけづいたか?」


「そんなんじゃないけどね……」


 慎吾に元気がない。


「あとで合流する健一さんと雅さん……葵ちゃんのお兄さんとお姉さんなんだけど、その人たちはすごくいい人で、僕たちのことも応援してくれてるんだ」


「そうなんだな。よかったじゃないか」


「でもお父さんがね……全然受け入れてくれないらしいんだよ」


 聞けば葵のお父さん、竜泉寺昇一しょういち氏はかなりお怒りらしい。

 もともと葵は両親、特にお父さんの反対を押し切って家を出た。

 今は母方の祖父母の家に住んで、そこから聖クラークに通学している。

 その時点で既にご機嫌ななめなのだ。


 そこへきてボーイフレンドらしき存在がいる。

 とても話を聞いてもらえるような状態ではないらしい。

 葵の母親は慎吾の存在を聞いているようだが、とても昇一氏を説得できるような感じではないという。


 まあ相当ワンマンであろうことは、容易に想像できる。

 そうでなければ、一代でここまで事業を大きくすることはできないだろう。


「それに……最近浩介と桜庭さんが付き合い始めたでしょ?」


「ああ」


「それでお互いの家族に紹介して、お互いの家に行きあって……っていうのが、葵ちゃんはすごく羨ましいみたいなんだ」


 なるほどな。

 確かに俺のオヤジも雪奈の家族も、俺たちの付き合いにとても好意的だ。


「慎吾のご両親には、葵を紹介したのか?」


「うん、家の両親はとても喜んでいるよ。でもまさか竜泉寺グループの娘さんだとは思ってなかったみたいだけどね」


 慎吾の両親は、一言で言うと「ザ・いい人たち」だ。

 もちろん俺も会ったことがあるが、とにかく優しくて人の良さそうなご両親だ。


「前にね、葵ちゃんと京都へ日帰り旅行に行ったんだ。ちょっと慌ただしかったけど」


 京都日帰りはキツイな。

 新幹線だけで、片道2時間半はかかる。


「その時に葵ちゃんのお兄さんとお姉さんにお会いしたんだよ。葵ちゃんとしては、少なくともあの二人は味方につけておきたいみたいでね」


「なるほど、それは賢明だな」


 まあ焦っても仕方がないだろう。


「とりあえず時間をかけるしかないんじゃないか」


「うん、僕もそう思ってる。じっくりいこうと考えてるよ」


 慎吾もいろいろと大変だな。

 そういう意味では、俺は恵まれているのかもしれない。


         ◆◆◆


 夕方6時になった。

 俺たちは再びロビーに集合した。

 そこで葵の兄姉と待ち合わせをした。


「こんばんは。葵の兄の健一けんいちです。いつも葵がお世話になってるね」


 健一さんは俺より少し背が高くて、がっしりとした体格のイケメンだ。

 東京の早慶大学を出て、今は京都の竜泉寺のグループ会社で働いている。

 来月で入社4年目だそうだ。


「いやーでも葵のお友達、全員可愛いね。アイドルグループか何かかい?」


「もう……この人可愛い女の子には、ほんま手ぇ早いから気ぃつけんとあかんよ」


 そう言って顔をしかめるみやびさんは京都の同命社大学の学生で、4月から3年生だそうだ。

 葵に雰囲気がよく似ている。

 黒髪のウェーブヘアーは、大人の雰囲気だ。


「人聞きの悪いこと言わないでくれるか? さすがのボクも、女子高生にはそんなことしないよ」


「信用できひんわ。大学四年の時に、女子高生何人泣かしたん?」


「グッ……」


「皆、ちゃんとソーシャルディスタンス取らなあかんよ。飛沫妊娠するから」


 飛沫妊娠とは新しいな。

 キノコの胞子かよ。

 よし、頭から避妊具をかぶせよう。


「健一さん、雅さん、ご無沙汰してます」


「おー慎吾くん、元気だったかい?」

「ひさしぶりやね。元気やった?」


「はい、相変わらず元気でやってます」


 面識のある慎吾が先に挨拶をした。

 その後順番に、全員が自己紹介をした。


「君が天才少年の浩介君だね。話は葵と慎吾くんから聞いてるよ」


「全国統一模試で3位やったっけ? 凄いわぁ」


「お姉ちゃん、前回模試はコースケ君トップやで。全国トップ」


「うわー、信じられへん」


 なんだか俺の知らないところで話が盛り上がっているが……。

 とりあえず俺たちはレストランに移動することにした。


 俺達8人がぞろぞろとレストランに入ると、それはそれは目立った。

 そのうち5人は、とんでもない美少女ぞろい。

 2人もかなりのイケメンだからだ。


 俺たちが席に着くと同時に、黒いスーツにネクタイを締めた男性がやってきた。

 名札を見ると「支配人」と書いてある。

 竜泉寺ファミリーに挨拶に来たようだ。

 3人とも立ち上がって、支配人に挨拶をしていた。

 俺達もつられて立ち上がり、挨拶をした。

 合計9人で頭を下げてペコペコしている様子は、ちょっと目立っていた。


 食事は昼と同様、ビュッフェスタイルだ。

 各自料理と飲み物を取ってきて席に着いた。

 俺はメイン料理にサーロインステーキがあったので、シェフに焼いてもらった。

 

 俺たちは乾杯をした。

 健一さんと雅さんはビールだ。

 雅さんは二十歳だもんな。


「どうだい、ホテルは気に入ってもらえたかな?」


「気に入ったも何も……こんな豪勢なホテルに泊まるの、俺は初めてです」


「部屋にフルーツまで入れてもらって、私感動しました」

 雪奈が続ける。


「あーそうなん? じゃあ支配人が気きかしてくれたんやね」

 雅さんが答える。


「やっぱりあれって特別なんですか?」


「そうやね、フルーツはキャビンルームだけのサービスやから」


 やっぱりそうだったんだ。

 VIP待遇だな。


「それからこの中だけじゃなくって、行きたい所があったら我那覇さんが連れてってくれるから、遠慮なく言ってもらっていいからね」

 健一さんはそう言ってくれた。


 そうか、できれば観光もしたいな。

 ちょっと皆で相談しよう。


「健一さんは、どういうお仕事をされてるんですか?」

 俺は興味本位で聞いてみた。


「ボクは今、竜泉寺インベストメントっていう別会社で働いてるんだ。グループの投資部門の別会社だね」


「投資……ですか?」


「ああ。不動産投資とかもあるけど、主に企業買収が中心かな。やっぱり会社規模を大きくするには、優良な企業を買収するのが近道だからね」


 確かに竜泉寺ホールディングスは、企業買収で大きく成長した会社だ。

 それでも玉石混合の中で、優良企業を見分けるのは容易ではなかったはずだ。

 その辺は竜泉寺昇一社長の手腕によるものだろう。

 次期社長の健一さんとしては、その辺の審美眼を養っている最中なのかもしれない。

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