No.17:カオスだ


 俺の体に強いGがかかって、背中がシートに張り付いた。

 機体はどんどんスピードを上げて、やがて前方が上向きに傾いた。

 タイヤが地面を蹴る音が消えて、代わりにエンジン音がうるさい。


 体がふわっとするような浮遊感。

 耳が少しツンとする。

 雪奈が俺の右手を強めに握っている。

 怖いのか?


 今日からいよいよ2泊3日の沖縄旅行だ。

 朝早い時間に全員羽田空港へ集合した。

 なっちゃんは、慎吾だけ初対面だったようだ。

 イケメンのコミュ能力で、あっという間に打ち解けたけど。

 いや、なっちゃんの能力でもあるのか。


 オヤジには冷凍食品を多めに買っておいた。

 ビールはストックがまだあったので助かった。

 俺じゃ買えないし。

「まあデリバリーもあるし、なんとかなるよ」とは言っていたが。


 俺は旅行の間は、トレードシステムを停止することにした。

 ちょうどあまり調子も良くなかったし、俺も旅行を全力で楽しみたい。


 飛行機は定刻通り出発した。

 お昼前には、那覇空港に着く。


 シートベルトサインが消えた。

 雪奈が俺の手を握っている力を緩めた。


「怖いのか?」


「ちょっとね。でも今は大丈夫」


「飛行機乗るのは初めてじゃないだろ?」


「違うけど……これで2回目」


「前に家族で北海道旅行に行ったんですよ」

 話を聞いていたなっちゃんが、答えてくれた。


 俺はLCCのチケットを全員分予約した。

 ラッキーなことに往復とも左右3人ずつ、1列で席を確保できた。


 右側の3席が通路側から俺、雪奈、なっちゃんの順。

 左側の3席が通路側から慎吾、葵、ひなの順だ。


「浩介君は初めて……じゃないよね」


「ああ、でも多分前回沖縄に行った以外、飛行機に乗った記憶がないな。多分俺も2回目だと思う」

 赤ん坊の時に乗っていたら分からないけど。


「あっ、あたしにかまわずどんどんイチャついてもらっていいですからね! あんまり激しいのは困りますけど……」


「しないわよ、そんなこと」


「そんなこと言って……この間、もうちょっとで生チューだったクセに」


「もう、ナツ!」


「なっちゃん、ウチら雪奈たちの生チュー見たでー」


「葵さん、その話詳しく!」


「慎吾止めろ!」


「無理だと思う」


 カオスだ。

 ひなはヘラヘラ笑ってるし、周りのお客さんも耳がダンボになっている。

 こんなんだったら、席がバラバラの方がよかったかもしれない。


 しばらくすると、なっちゃんが窓から外の風景をスマホで撮りだした。

 富士山がきれいに見えた。

 旅行中は、沖縄も天気がいいらしい。


「今日は着いたら何するのかなぁ」


「うーん、とりあえずチェックインしてから、皆で考えるって感じじゃないか?」


「あたし、シーカヤックやってみたいです!」


「いいね。私もやってみたいな……あ、でも日焼けするかも」


 雪奈もなっちゃんも、楽しみで仕方ない様子だ。

 まあ俺もだけど。


「ところで慎吾は葵の兄姉に会ったことってあるのか?」

 俺は通路を挟んで慎吾に話しかける。


「うん、1度だけね」


「どんな感じの人?」


「凄くいい人たちだよ。イケメンと美人の兄妹って感じ」


「お兄ちゃんは学生の頃、めっちゃ女グセが悪かったんよ。今はわからんけど」

 聞いていた葵が割って入ってきた。


 そういえば、ひながおとなしい。


「ひな、生きてるか?」


「お腹すいた。機内食ってないんだよね?」


 LCCだからな。機内食は有料だ。


「ひなちゃん、私ポテチとチョコ持ってるから、あげるよ」

 なっちゃんが申し出た。


「本当? うれしー。なっちゃんマジ神!」


 なっちゃんが足元のカバンから、パンパンに膨らんだポテチと箱入りチョコを出した。

 順番に横送りして、ひなの手元に渡った。

 袋を開けて、ひなはバリバリと食べ始める。

 

 シートベルトサインが点灯し、機体はゆっくり降下し始めた。

 3時間はあっという間だった。

 衝撃とともに、タイヤがアスファルトに擦れる音がした。

 無事、那覇空港に到着した。


 ターミナルで手荷物をピックアップし、出口を出たところ……


「めんそーれー、葵ちゃん、待ってたよー」


 一人の男性が声をかけてきた。

 50代ぐらいだろうか、俺のオヤジよりは明らかに上だ。

 日焼けした顔で、アロハシャツを着ている。


我那覇がなはさん、こんにちは。今回大勢でお世話になりますね」

 葵が笑顔で答えた。


「いやー葵ちゃん、すっかりお年頃になったなー。それに皆美人さんだー」


 我那覇さんは俺達が今回泊まるホテルに長年勤めている、ドライバー兼コンシェルジュの人らしい。

 葵は小さい頃から何度も来ているので、我那覇さんとはもう顔なじみとのことだ。


「今回社長の方から、色々連れてってやってくれ、って言われてます。だから遠慮なしに言ってくださいねー」


「おおきに、我那覇さん。助かります」


 俺たちは全員、我那覇さんにお世話になりますと挨拶をした。

 そして専用のマイクロバスに乗り込んだ。


「どこか観光へ寄って行きますか?」

 我那覇さんは運転しながら葵に聞いた。


「いえ、今日はホテルに直接行ってもらえますか? この時間だったら食べ物もまだ残ってると思うし、夕方お兄ちゃんとお姉ちゃんも来ますし」


「あーそうでしたねー。健一けんいちさんとみやびさんも、私があとでお迎えにいくんですー」


 どうやらこれからホテル直行のようだ。


「観光は明日か明後日にしようと思ってるんだけど、それでええかな?」


 葵は皆に声をかけた。

 全員異議なしだ。


 30分ぐらい走っただろうか。

 大きなサインボードの前を、車は曲がって入っていった。


『竜泉寺 in 沖縄 クラブリゾート』


 東京ドーム4個分の敷地面積に、ホテルタワーと海沿いのキャビンルームがある。

 俺たちはホテルタワーの方らしい。


 ホテルのエントランスに着いた。

 我那覇さんとポーターの人たちが、俺たちのスーツケースを降ろしてくれている。


 ロビーに入ると、そこは高い吹き抜けになっていた。

 ものすごく高級感溢れる造りになっている。

 さすがは高級リゾートホテルだ。


 チェックインは葵に任せた。

 ロビーで待っていると、女性がドリンクの乗ったトレイを持ってきてくれた。

 ウェルカムドリンクらしい。

 俺たちはジュースをもらった。


「ちょっとお姉ちゃん、凄くない? ウェルカムドリンクとかでてくるホテル、あたし初めてだよ!」


「本当だね。なんか私たち場違いな感じがする」


 雪奈もなっちゃんも驚いている。

 ひなはジュースのおかわりをもらっていた。


「こりゃ凄いな」


「僕も驚いてるよ」


 俺と慎吾も気後れしていた。


 チェックインを終えて戻ってきた葵は、全員にカードキーを渡した。

 それとプラスチック製の細いリストバンドのようなものも渡された。

 レストランやアトラクションを利用するときに必要らしい。


「お腹空いたなぁ。先にレストランに行こうか」


 葵にそう言われてスマホを見ると、時刻は13:14。

 皆お腹が空いているはずだ。


 ロビーを抜けて奥に入ると、レストランがあった。

 入り口の機械にカードキーをかざして、全員中に入った。


「わぁーー」


 ひなが歓声をあげた。

 いわゆるビュッフェ形式のランチだ。

 料理の種類も和・洋・中・アジアと幅広い。

 卵料理と肉料理のところで、シェフが立っていた。

 リクエストに応じて一人ずつ調理してくれるようだ。


 当然ドリンクも飲み放題。

 腹ペコの高校生にこれは嬉しい。

 俺達は席を確保して、皿を持って各自好きな食べ物を取りにかかる。


 葵を除いた女性陣3人は、もうキャーキャーはしゃいでいる。

 そりゃテンションも上がるよな。

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