No.16:もうちょっとだったのにーー


 その時。

 俺たちの左手に人影を感じた。

 俺は雪奈の頬から、慌てて手を離した。


「あーーもうちょっとだったのにーー」


 楽しそうにはしゃいだ声が聞こえる。


「ナツ!」

 雪奈は顔を赤らめながら、不機嫌そうにそう言った。


「あたしは駅からずっと後を歩いてたんだよ。お姉ちゃんたち、もう二人の世界にどっぷり浸かっちゃって、全然気がつかないんだもん」


 なっちゃんは笑いながらそう言った。


「だったら声をかけてくれればいいだろ?」


「ちょうど今声をかけようと思ったところだったんですよ。そしたら立ち止まってなんか始まっちゃったから、もうあたし、どうしよーどうしよーと思って」


 これには俺も雪奈も赤面するしかなかった。


「うわー、お姉ちゃんたちの生チューだぁーって。あたし生チューって、まだ見たことないし……あの、あたし先に行きますから、どうぞ続きを」


「できるか!」


 生チュー生チューって、居酒屋じゃねえんだぞ。


 結局俺たちは3人で連れ立って歩いた。


「なっちゃんは映画の帰りなんだな」


「そうなんです」


「デートか?」


「違いますよー。友達と3人でアニメ映画を見てきました。私、彼氏とかまだなんで」


「そうか」


 まあでも……来月から大変なことになるだろうな。

 雪姫の妹だから、夏姫か?

 また騒ぎになるだろう。


「そうそう、沖縄旅行であたしお姉ちゃんと同じ部屋なんですけど、浩介さん代わりましょうか?」

 なっちゃんは悪戯っぽく笑う。


「なに言ってんの。そんなことできるわけないでしょ」

 雪奈は反論する。


「それで牧瀬さんもひなちゃんと代わるんです。そうすると2カップルがそれぞれ同室に……キャーー!」


 なっちゃんが一人で盛り上がっている。


「葵の兄姉が来るから、まあそれも無理だな」


「そうなんですか? つまんないなー」


 そんな話をしていると、すぐに雪奈の家にたどり着いた。

 俺は玄関先で、美咲さんに挨拶とお礼を言って失礼した。


 

 自宅に戻ってくると、オヤジがスマホ眺めながらニヤニヤしていた。


「オヤジ、気持ち悪いぞ」


「いやー、ひめさんがこんなの送ってきてさー」


 自分のスマホを俺に向けてきた。

 見ると……入浴中のひめさんの写真だった。

 湯船につかり、胸元を片手で隠して自撮りしている。

 Jカップの上半分がお湯の上に出て、しっかり谷間を形成していた。

 グラビアアイドルがたまにアップして、バズる感じのヤツだ。

 よく見ると、お湯がピンク色だ。


「これ入浴剤、なんだと思う?」


「いちごジャムだろ」


「何でわかった?」


「オヤジが写真送れって言ったのか?」


「言うわけないだろー。セクハラじゃん、そんなの」


 ひめさん、自分から送ってきたの?

 やっぱりズレてるな。

 それとも、ひめさんなりのアピールなのか?


「そんなフラグ立てて……俺、しらねーぞ」


「フラグ? そんなんじゃないさ。大体親子ぐらい年が違うんだしさー」


「でも向こうはそう思ってないかもしれねーぞ」


「んーそーかな。もしそうなら……ちょっと考えないといけないかな」


「嬉しくないのか?」


「だって将来のある素敵なお嬢さんだからね。バツイチ子持ちのオッサンが、ちょっかいかけるわけにはいかないでしょ?」


「一応自覚はあるのな」


「そりゃそーだよー」


 俺は勢いで聞いてみた。


「自分の将来はどうなんだよ」


「僕の将来?」


「このまま一人で枯れていくわけじゃないんだろ?」


「枯れていくって……ひどいなー」


 オヤジは笑った。


「僕の将来より、浩介の将来が先じゃないか」


「……」


「僕はその次だよ。変な心配しなくていいからね」


 まったくこのオッサンは……。


 俺は二の句を継げなかった。

 この時ほんの少しだけ……早く大人になりたいと思った。

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