No.12:オヤジ退院
翌日の放課後。
俺は電車に乗って、病院に向かっている。
今日はオヤジの退院の日だ。
昨晩俺はあの後、コーヒーとケーキをリビングでご馳走になった。
そしてそのまま雪奈の家を後にした。
達也さんが家まで車で送ると言ってくれたが、まだ電車もある時間帯だったから遠慮した。
俺の帰り際まで、なっちゃんはずっとニヤニヤしていた。
やっぱり小悪魔系だな。
病院の入り口を抜けて、オヤジのいる病室へ向かう。
パジャマから俺が持ってきた私服に着替えてもらう。
荷物をまとめて帰り支度を整えていたところに、ひめさんがやって来た。
「いよいよ退院ですね」
ひめさんは、にこやかに話しかけてきた。
「ええ。色々とお世話になりました」
オヤジも笑顔でお礼を言った。
「退院される方にかける言葉ではないかもしれませんが……お名残惜しいです」
「はい、私もです。山野さんとお話しできる時間が、楽しみでしたからね」
「……本当ですか?」
ひめさんはうつむき加減で頬を紅潮させ、上目遣いで聞いてきた。
「はい。おかげで入院生活も、楽しかったですよ」
……オヤジ、こうやってフラグを立ててた訳だな。
「ひめさん、色々とお世話になりました。またひなを通じて連絡させてもらうかもしれませんが、構いませんか?」
「は、はい! 是非」
ひめさんは顔を上げて、嬉しそうに答えてくれた。
その表情が子供みたいで、とても可愛かった。
それにしても……そのナース服、相変わらず胸の部分がパッツンパッツンだな。
まあJカップに合うナース服なんて、既製品ではサイズがないだろう。
特注で作ってもらえばいいのに。
ナースステーションにも寄ってお礼を言い、1階で会計を済ませた。
松葉杖のオヤジは、慣れないせいか結構たどたどしい。
出口を出たところでタクシーに乗った。
さすがに公共交通機関では帰れない。
「オヤジ、若い看護婦さんに相手してもらって、楽しかったんじゃないのか?」
「ん? ああ、そうだねぇ。山野さん、一生懸命話してくれるし可愛かったなぁ。まあ話す話題はアレだったけど」
まあアレだよな。
四六時中あんな感じで話されたら、俺だったら耐えられない。
「おっぱいも大っきかったしなぁ」
「結局そこかよ」
「男としては、そこは重要じゃないか」
まあ……反論はしないけど。
「それより学校はどうだい?」
「ん? まあ普通」
「そうか。テストの結果は?」
「まあいつも通り。ああ、そういえば全統模試で1位だった」
「? 県でか?」
「いや、全国」
「マジで!?」
オヤジも皆と同じ反応だな。
「いやー凄いなー。とても僕の息子とは思えないや。やっぱり隔世遺伝だなぁ」
「そういえばオヤジのオヤジって、どういう人だったんだ?」
父方の祖父母は、俺が生まれた時にはもう既に亡くなっていた。
「ん? 言ってなかったっけ? 東帝大学の教授だったんだよ。物理学の」
「マジでか?」
「そうそう。ちょっと変わった人でね。若い頃のあだ名が「変人」だったらしい」
……間違いねえ。
隔世遺伝だ。
「まあ僕の両親は二人とも若くして亡くなったんだけど……父親には今の浩介を会わせてやりたかったなぁ」
オヤジは少し寂しそうに呟く。
「トレードの方はどうだい?」
「……良くないな。ここのところドローダウン食らってる」
「ほー。そうなんだ」
一時500万円目前までいった投資金が、450万円を大きく下回っている。
10%前後のドローダウンは、いままで経験がない。
「浩介のことだから、パラメータを頻繁にいじってるんじゃないの?」
「……なんでわかった?」
「んー、僕はシステムトレードは門外漢だけど、どんなに最適化したって過去データは過去データだからね。だからマーケット環境が大きく変わらない限りは、一旦決めた設定はあまりさわらないほうがいいかもしれないよ。ある程度のドローダウンは腹をくくってさ」
俺は黙って聞いていた。
「ひょっとして、何か焦ってるのかい? 高校卒業までに、いくら貯めたいとか」
……コイツ、まじでエスパーか?
「大学の費用は心配しなくていいからね。僕がなんとかするから。あ、でも国公立にしてくれよ。私学は無理だからね」
……吉松屋で牛丼をあんな食い方してる人に言われると、こっちだって辛いんだぜ。
「まあできるだけ自分でなんとかするよ」
俺はそう答えるのが精一杯だった。
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