No.05:独特の世界観


 2日後の土曜日、俺は病院に来ていた。

 オヤジの着替えを持って行くためだ。


 オヤジは昨日、腓骨の手術をした。

 麻酔が効いている間は痛くなかったらしいが、麻酔が切れてからは相当痛かったらしい。

 手術したところの化膿の程度を見て、ひどいようであれば入院期間が1日2日延びるかもしれないとのことだ。


 オヤジに何か欲しいものはないか、と事前に電話で聞いた。

 そうすると、とにかく病院の食事がまずい、と愚痴をもらしてきた。

 まあ食事の美味しい病院なんて、そうそうないだろう。

 仕方がないので、吉松屋の牛丼を持って行くことにした。

 病院によっては食料の持ち込みにうるさいので、リュックの中に入れて隠して持って行くことにする。

 汁がこぼれないように、気をつけないと。


「うわー、牛丼ありがとう。これ食べたかったんだよなぁ。ビールはないの?」


「あるわけないだろ。とりあえず顔色は……良さそうだな」


「ああ、悪くないよ。土曜日なのに悪いね、浩介」


「まったくだよ……特に変わったことはないか?」


「ん? ああ、特にないかな。あの看護婦さんの山野さん……あの子が可愛くてさぁ」


「主に胸が、だろ?」


「え? ああ、まあおっぱいもそうなんだけどね。1日3回、検温と血圧を測りに来てくれるんだけど、なんか初々しくてもじもじして可愛くてさ。ほっぺをピンク色に染めて、一生懸命話しかけてくれるんだよね」


「へー」


「ただちょっと……話の話題がね」


「話題?」


「ん? ああ、なんというか世界観が独特と言うか……」


「どういうこと?」


「うん、たとえば『コーヒーには醤油派ですか、ソース派ですか?』とか、『カブトムシって、美味しいですよね』とか、『UFOって、サンタさんが操縦してるって聞いたことないですか?』とか」


 クセが強すぎた。

 ひなの言ってること、分かったかもしれない。


「痛い子なんだな」


「んー、でもすっごく楽しそうに一生懸命話すもんだから、ついつい僕も長話になっちゃってね。この間看護室長に、怒られちゃったよ」


「何やってんだ」


 まあこの人は、良くも悪くも人がいいからな。

 人の話をちゃんと聞いてくれる。

 多分ひめさんは、話を聞いてくれる人がいないんじゃないかな。

 だからオヤジと話しているときは、楽しいのかもしれない。


「退院はいつ?」


「まだわからないけど、順調にいけば月曜日かな」


「わかった。また来るよ」


「ああ、悪いね。頼むよ、浩介」


 俺はオヤジの洗濯物をカバンに詰めて、病室を出た。


 この病院は何気に交通の便が悪い。

 駅まで歩いて15分以上かかる。

 大抵の人は駅からバスで来るが、本数がそれほど多くないしバス代もかかる。

 俺は病院の出口を出たところで……


「あれ? ひめさん?」


「あ、えーっと……大山君?」


 私服姿のひめさんに、ばったり出会った。

 薄手のニットセーターに、タイト目のジーンズ。

 やはり胸の迫力は、ひなよりも上だ。


「お父さんのお見舞い?」


「見舞いと言うか……着替えを持ってきました」


「そうなの。偉いわね……そうか、お父さん、お独りでしたものね」


「そーなんです。バツイチ子持ちの独身ですよ」

 俺は自虐的に言った。

 ていうかオヤジと、そんな話もしていたんだな。


「大山君はこれから帰るとこ?」


「はい、そうなんです」


「私も今ちょうど仕事が終わって、帰るとこなの。車で来てるから、よかったら家まで送るわよ。ちょうど帰り道の途中だし」


 ひめさんは、俺達がどの辺に住んでいるかもオヤジから聞いたらしい。

 それはありがたい。

 駅まで歩くのもしんどいし、と思っていたところだ。


「いいんですか?」


「どうぞどうぞ。その……お聞きしたいこともあったりするし」


 ひなさんは、少し恥ずかしそうに笑った。

 まあひなのことを聞きたいんだろうな。

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