第2話 一目惚れしました!(2)
「好きです! 付き合ってください!」
「えぇ!? いきなり告白!?」
四五度のお辞儀をして右手を差し出した俺。一方の彼女は驚愕と困惑の声を上げていた。
「はい、一眼見てあなたのことが好きになりました! 正直に言って好みです! ドストライクです!」
「えっと……好きって言ってもらえるのは嬉しいけど、いきなり過ぎない?」
「すみません、驚くのも無理もないですよね。自己紹介もまだですし。あ、俺は
「辞めちゃったんだ……」
「はい……。でも今は空いた時間を勉強に充ててます。おかげで前の試験では五〇位でランキングに入りました!」
「知ってるよ。名前、載ってたもんね」
「はい! 一応検察官を目指してて、そのために九州大学の法学部を志望してるんです。なのでこれからは勉強を頑張ろうと思ってます!」
「あは、すごいね。努力家なんだね。検事目指してるのもすごいね」
「いやぁ、それほどでも」
彼女が笑って褒めてくれた。クールビューティと形容が相応しい
正直、そのギャップにもグッとくる!
絶対にこの人と恋人になりたい!
僕はその一心で自分のアピールポイントを列挙した。そして他に何かないかと必死に巡らせるが、生憎早くも残弾尽きた感がある。
はわわ、と焦りが顔に浮かんでしまう。それを見兼ねてか、彼女が助け舟を出してくれた。
「私のこと好きっていうけどさ、どんなところが好きなの?」
助け舟というよりは試練に近い問いであった。だが会話が続かないよりはマシだ。俺はむしろこれ幸いと飛びついた。
「えっと、まずルックスが全体的に好みです!」
「何それ、ただの面食いじゃん」
「いや、下心的な気持ちはなくですね……綺麗なのはもちろんですけど、見てて落ち着くというか、ずっと見ていたいというか。そういう雰囲気があなたにはあると思います」
「いするぎ」
「えっ?」
「石が動くと書いて
「石動さん、ですね。あ、四九番目の!?」
俺は先日見たランキングを思い出した。彼女は俺より総合得点が一点だけ高かった女子生徒だった。『セキドウさん』と思い込んでいただけに恥ずかしく申し訳ない。
同時に同い年だったんだと意外に思った。どことなくこの人からは年上の素敵な女性の気配が醸されている気がしていただけに。
「それで、具体的には私のどこに惚れたのかしら?」
まだ続いてたんだ。俺は気を取り直して続ける。
「目元がクールです。エッジが利いてる感じがしてとても好きです!」
「本当? よく目つきが悪いとかって言われるんだけど」
「その気持ち分かります! 俺も釣り目なんで先輩とかから因縁つけられたりしたんですけど、でも石動さんの目は素敵ですよ」
「他は?」
「えっと、声です! 落ち着きがあって素敵な女性って感じがします。話し言葉も上品です」
「声、か。あまり意識したことないかも。他は?」
「背丈と言いますか、スタイルです! シュッとしててモデルさんみたいですよね!」
「べた褒めね。私、女にしては背が高い方だからちょっとコンプレックスなのよね」
「俺は素敵だと思います! 石動さんって俺より少し低いくらいなので、並んで歩くと丁度良いと思いますよ?」
「お似合いの二人、ってことか。それいいね。あとは?」
「えぇっと……えぇっと……それらを総合してクールビューティなパーソナリティが僕の好みなんです!」
「ふふ。大分ネタが尽きてきたみたいね」
うぐ。痛いところをつかれた。だがここで引き下がる俺ではない。
「あとは……笑顔が素敵です!」
「笑顔?」
「はい、今の笑顔が本当に素敵です。普通にしてたらクールな感じなのに、笑ったところはすごく可愛いです! 大好きです!」
「だ、大好きとか……やめてよ」
石動さんは腕を抱き、モジモジと
口ではやめろと言っているが、頬に朱が差している様子から照れていることが窺える。満更でもないと顔に書いているのだ。
あと一押しだ!
「石動さん。俺は絶対にあなたに相応しい男になってみせます。ファッションとかはよく分からないし、服も沢山は持っていませんが、でもルックスにはちょっと自信があるんです! だから身嗜みを学べばあなたの隣を歩いても恥をかかせるようなことは絶対にしません。あなたのことを絶対に大切にします。だから、俺と付き合ってください!」
俺はトドメとばかりに気持ちを並び立て、再びお辞儀をして右手を差し出した。
どうかこの手を握ってほしい。そう祈るこの胸はドキドキと脈打ち、血が沸騰しそうであった。
生まれて初めての告白が、絶対に成就するというジンクスに守られていることなどこの時はすっかり忘れていた。それくらい、俺は石動さんに魅了されていたのだ。
だが、
「ごめんね。あなたとは恋人になれないわ」
告白は呆気無く散ってしまった。
石動さんの足元と石橋を見つめていた俺は息を詰まらせ、恐る恐る顔を上げた。視線の先では石動さんが眉を八の字にした困り顔で佇んでいた。
どうしてそんな顔をするのだ。
どうして俺をここに呼び出したのだ。
「どうして俺と……付き合えないんですか?」
石動さんへの感情の昂りから失意のどん底へ突き落とされた俺はもう泣きそうになっていた。
恋愛経験のない俺にとって、初めての失恋だ。好きという気持ちを拒絶されることがこんなに痛くて悲しくて恐ろしいだなんて初めて知った。その痛み胸が張り裂け呼吸が出来なくなるくらい苦しく、は耐え難く、俺は両目に涙が湧いてくるのを感じていた。
石動さんがため息をついた。
「私が誰なのかまだ分からないの?」
続けられるその言葉は、先ほどまでの優しさはない。そしてひどく奇妙な文脈に首を捻った。
彼女はまた大きなため息をつく。やれやれ、と言いたげな顔をしてブレザーのポケットに手を突っ込んだ。ヘアゴムだ。それを使い、彼女は漆黒のストレートを慣れた手つきで二つ結び――所謂ツインテールにし、両手を腰に当て、その切長な双眸で、同じく切長な僕の双眸を真っ直ぐに見つめた。
その容姿はいたく懐かしさを感じさせる。脳裏に楽しかった頃の記憶が過ぎり、胸の一番奥底が熱くなるのだ。
「ねぇ、これでもまだ分からない? だったら四九番目の女子生徒の名前を思い出してごらん」
名前、なまえ。この人の名はなんだったか? 確か『名』という字が入っていた。
あぁ、思い出した。それは大切な人と同じ名前だった。
「霧名……ちゃん?」
「やっと思い出したか、源次郎」
石動さん――否、霧名ちゃんは呆れたようにまた苦笑した。
*
この日、俺は生まれて初めて女性に告白をし、断られた。
胸の中に感じた熱い感情を言葉に乗せ、受け取ってくださいと
それもそのはずだ。
その相手がまさか実の姉であったのだから、受け取ってもらえるはずなどないではないか。
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