今年から姉がクラスメイトになったワケを誰か教えてくれ

紅ワイン🍷

第1章 感動の再会?

第1話 一目惚れしました!(1)

 定期考査で得点のランキングが公表される意味が分からない。


 学問は修めるものであり競うものでない。


 一年生の頃、俺は内心で学校側の浅ましい施策をそのように批判していた。といっても成績が掲載されるベスト五〇以内にも入れない身なので烏滸おこがましく持論を口にしたことはない。


 だが人は現金なもので、批判していたものが自らにくみすると好意的に捉えてしまうものだ。


 かくいう俺も、一年生の学年末考査では結果を残すことが出来たため、いざ自分の名前が載るとあれほど憎んでいたランキングを誇らしげに眺めた。

 昨年の冬休み直前にバスケ部を退部したために生まれた余暇の時間を勉強に投資したところ、掲載ギリギリの五〇位に食い込む大健闘を果たしたのだ。


 そう、後に俺はランキングがあって良かったと本心から納得した。


 なぜ、良かったと思ったのか。


 それは、クラス内で一目置かれたためではない。

 それは、良いなと思ってる女の子から尊敬の念を向けられたためではない。

 それは、担任から褒められたためではない。

 それは、努力は実るとの実感を得たためではない。


 それは、僕より一点だけ点数が高かった四九位の女子生徒に声をかけてもらうきっかけになったためだった。


 その人の名は霧名きりな

 姓は『石が動く』と書く。


 セキドウ? この人の姓は一体何と読むのだろうか。


 一つ歳上の姉と同じ名のこの女子の姓は。


 *


 我が校には妙なジンクスがある。


 ジンクスというか、都市伝説というか、おまじないというか。

 とにかく、恋愛漫画に出てきそうな愛の告白にまつわるジンクスだ。


 俺が通う県立六本松高校の北には大濠公園というものがある。

 福岡藩主の黒田氏の居城である福岡城の外堀であったどでかい池が特徴的な公園だ。

 その公園には日本庭園があり、そこの『三段落ちの滝』の前の石橋で告白をすると固い絆が約束されるというものだ。


 俺はこのジンクスを聞いた時、いやいや馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。


 何がおかしいのか。


 例えばここに仲の良い二人の男女がいたとする。

 この二人がどこか寄り道して行こうかと話した結果、件の日本庭園に行くことになった。


 この時点でもうおかしい。


 うら若き高校生が日本庭園なんぞ枯れた趣味に二五〇円も払うなんて不自然だ。そこは普通公園内にあるスタバとかボートハウスのカフェテラスとかおしゃれなお店に行けば良いものを、なぜ庭園なんだ?

 察するに、どちらかが相手を庭園に誘い、それを了承する時点でもう誘われた側は誘った側のことが好きなのだ。好きだから日本庭園なんてつまらないものでも「はい分かりました」と頷くのだ。


 つまりは二人で日本庭園に行くと両思いになるのではなく、両思いだから二人で日本庭園に行くのだ。


 そう持論を述べたところ、友人の剛田ごうだ大樹たいじゅから


「君は本当に面白味のない人間だね」


 と呆れられてしまった。

 顔には「だからモテないんだよ」とも書かれていた。


 さらに別の友人からは


「ここに呼び出して告白しても結ばれる! 絶対そうに決まってる!」


 と力説された。ガッツリ願望が混じっているが、あまりの剣幕なためそれ以上は追求しないでおいた。


 ここでその友人が言うように、面識のない男女がラブレターなんぞを使って呼び出し、告白して結ばれれば、なるほど、ジンクスには信憑性が生じる。


 そのケースなら前提として両思いではないから俺の推論は棄却されるというわけだ。


 それなら信じてやってもいい。


 それなら、俺がいきなり庭園に呼び出されて告白された場合、彼女が出来るということだからね!


 *


 三月下旬。

 修了式を終えた俺は一人でさっさと教室を後にした。


 今日は修了式で半ドン。

 成績表を担任から受け取り、一年生最後のホームルームが華々しくもしめやかに執り行われ、解散すると教室では別れを惜しむ声が溢れ返った。

 このクラスで過ごすのは本日が最後だ。短い春休みを挟めば二年生に進級し、クラス替えされた新たなメンツで次の一年を過ごすことになる。

 仲の良い友達とも、いけ好かないあいつともお別れで、一同名残惜しいのだろう。


 かくいう俺は……特にそのような感傷はない。来年度、剛田大樹がクラスにいなければぼっち確定なので同じクラスになれるよう願掛けでもすればよかったかと思い悩んだが、まぁその時はその時だ。明日は明日の風が吹くと古来よりいう。


 そんなドライな心持ちのため、特に名残惜しさもなく教室を後にし、昇降口に足を運ぶのだった。


 昇降口にも心なしか普段ならぬ浮ついた雰囲気が漂っている。来年度の進級を心待ちにしているのか、ただ半ドンが嬉しいのか。俺は圧倒的後者だ。といっても別段浮ついた気持ちはなく、いつも通りに下駄箱の戸を開けるのだが、


「おっ?」


 その中に違和感を覚え、小さく声を上げた。


 スニーカーの踵部分にポストイットが貼られている。薄黄色の大きめのサイズのポストイットだ。

 そこには丸みを帯びた女の子っぽい文字でこのように書かれていた。


『大濠公園の日本庭園に来てください。待っています。』


 差出人不明の手紙を読んだ直後、俺は紙片をブレザーのポケットに突っ込んで隠した。そして辺りをキョロキョロと窺う。


 大丈夫、誰かに見られた気配はない。ついでに物陰から俺を観察している悪趣味な奴もいない。


 誰かに茶化される、あるいは悪戯の可能性を疑っているのだ。


 その心配がなくなるとおすまし顔で靴を履き替え、昇降口から校門へ向かい、学校の北にこれまたおすまし顔で歩いた。

 俺の通学路は学校南方面で真逆。学校の北側には呼び出しのあった大濠公園が広がっている。公園までそそくさと歩き、園内に入ると俺は早る気持ちを抑えるべく池のほとりのベンチに腰掛け、例の紙をポケットから取り出し、深呼吸した。


 もう一度文面を読む。


 可愛らしい文字だ。どんなお嬢さんが書かれたのだろう?


 ポストイットを見つめながら俺はニヤニヤと笑い、これをくれた女の子の姿に想いを馳せた。


 はっきり言って嬉しい。


 我が校には『大濠公園の日本庭園、三段落ちの滝の石橋で告白すると結ばれる』というジンクスがある。最初は馬鹿馬鹿しいと一蹴したものの、僕も人並みに恋愛に興味があるためもしかしたら誰かに呼び出されるかもとミラクルを期待せずにはいられない。バレンタインの当日になると下駄箱や机の中を必要以上に確認するあの気持ちと同じだ。


 俺は女子と話をするのが得意な方ではないため、恋人になってくれそうな女子に心当たりはない。ましてや昨年の事件のおかげで悪評が立ち、生徒から遠巻きにされている自覚がある分、送り主にはとんと予想がつかない。


 どんな子かな。ブスだったらどうしよう。流石に選ぶ権利は俺にもある。


 座ったままあれこれ想像を巡らせるがはたと気づく。埒が開かない。こうしている間にも送り主は僕を待っているし、しびれを切らして帰ってしまうかもしれない。善は急げだ。

 俺は勢いよく立ち上がると早足で遊歩道を庭園方面へ向かって歩いた。


 庭園の入り口は美術館の手前にある。厳しい木造の扉を潜ったすぐそこに事務所があり、ここで料金を払うと入れてもらえる。俺は受付のトレイに財布から全財産の二五〇円をぶち撒けて支払うと三段落ちの滝に向かって急いだ。

 見事に手入れされた木々や枯山水は欧米の観光客らはさぞ喜ぶであろう伝統的な芸術性を讃えているが、そんなものには目もくれない。


 早く会いたい。

 この手紙をくれた女の子に。


 胸中その一心だった。


 そして、とうとう、三段落ちの滝にたどり着く。

 そこに彼女はいた。


「あの、これをくれたのはあなたですか?」


 彼女はぼんやりと滝を眺め、俺が声をかけるまで気づいてなかった様子だ。少し驚いたふうに肩が跳ね、ゆっくりとこちらを振り向いた。


「あ、来てくれたんだ、和泉くん」


 怜悧れいりさを含みながら優しい声。例えるなら真冬の冷たい空気と温かな日差しが混ざった声である。


 呼び出しておいてそれはないだろうと内心苦笑するが、それが答えになっていた。彼女は今、俺の姓を呼んだ。ということは人違いではないらしい。


「突然呼び出してごめんね」


「いえ、とんでもない……」


 彼女が眉を八の字にして苦笑気味に詫びた。俺はすまして答えるが、内心余裕がなかった。


 率直に言ってこの人は、美人だ。美少女というよりも美人。

 烏の濡れ羽色のストレートロング、吊り目がちな目、身長は一七五センチの俺より少し低いが、女子にしては背が高くスタイルが良い。

 着ている制服は我が六本松高校の女子のブレザーとプリーツスカートだ。上背があって、目元がシャープで、口調が落ち着いているためか大人っぽく、上級生ではないかと推察した。


 年上女子。俺の好みだ。


 正直、こんなどストライクの女の子が同じ学校に通っているだなんて知らなかった。俺の目は節穴かと悔しく思う。


「あのさ……久し――」


「好きです! 付き合ってください!」


 なので俺はすぐに告白した。

 彼女が何かを言おうとしたところを遮ってでも、俺はこの人とお近づきになりたかった。

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