take3「妄想能力」
「そうだ、逃げろ逃げろ! そうでなくては面白くない!」
何故かわからないが俺だけを目標として霧山が追ってきている。おっかないことこの上ないが、その方が気は楽だ。
「それはそれでこっちもやりやすいけどな!」
とりあえずこいつをなんとかしなければいずれ周りにも被害が出る。目覚めが悪すぎるのでそれだけはできるだけ避けたい。
——持っている情報を整理しよう。状況の打破には必要不可欠なことである。
霧山は親父の研究していた妄想能力を使える。妄想能力とは自身の妄想を現実に超常現象として具現させるもの。だとすれば単純に言えばあいつはモノを切り裂く妄想をしている、ということになる。それ以外使ってこないってことは単純に温存しているか、それ以外使えないかの二択になるわけだが——
「前者は無いな。狩りを楽しんでるようにも見えるけど俺への殺意が駄々洩れ。手加減してるようにも見えないからそれ以外使えないと考えるのが自然。ってかそうじゃないと困る!」
試しに近くにあった店の靴を投げてみるとそれに反応して一閃、見事に真っ二つに裂ける。物を投げた程度ではどうしようもないってことか。
霧山がこちらを追ってきていることを確認して今度は玩具屋を目指して走り出す。障害物が多いから向かおうとした時ふとある考えが過る。
——俺はバカか! あそここそ子供とか多いじゃねぇか!
ここまで招いてしまったのは俺だ。せめて避難が終わるまでは何とか応戦をしようと思っていたが着いてみれば何のことはない。
「……誰もいない?」
休日だというのに人っ子一人もいないのだ。何かおかしいと思っていながら、しかし好都合だと迷わず店内へと足を踏み入れる。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「どこだァ? 隠れてないで出てこいよ」
途端にボールが霧山に目掛けて飛んでくる。
「ははっ、そんなの効かないって!」
飛んできたボールにナイフを振るうと、それだけでいつも通り二つに割れたが——
「後ろだバカヤロウ」
急いで声のする方を振り向くとそこには男の拳があり、今にも顔面を捉えようとしていた。
玩具屋に来たのはこのためでもあった。使ったのは子供用の小さなバッティングマシン、投げたのも普通のカラーボールだったため当たっても痛くないのだが、霧山はきっと能力を使うだろうと思っていた。何故かってのも簡単、こいつが絶対の自信を持っているからだ。今までわざわざ見せつけ、説明までしてくれたのがその証拠。そして常に能力を使用するときはナイフを振るっていた。ここに付け入る隙があっただけのこと。
気は引けるが、このまま気を失うまで殴り続ければいいだけの話だったが——
刹那拳にピキリ、と切傷ができたのを感じた。否、拳だけではなく身体中が何かに斬られたかのよう傷付き、着ている服を切り裂き、赤く血で染まっていく。
「くっ——」
それでも、
「おおおおおおおおお!」
霧山の顔面へと一発叩き込むと大きく仰け反り、ダメ押しにもう一発叩き込んでやると商品棚へと飛び、いくつか巻き込みながら倒れる。
ようやく一撃叩き込めたのはいいがそれ以上にダメージが大きすぎて追撃ができない。思考を支配するのは「何故?」の一言。
「どうして……。どうして俺にナイフを向けてすらいないのに斬れてんだ!?」
目の前の男はニヤリと笑うだけで何も答えようとはしない。いいや、答えてくれなくても仮説くらいは立てられる。シンプルな答え。能力を使うのに、具体的に言えば斬るという動作を行うのにそもそもナイフなどいらない。これならば先程の現象にも納得はできる。だが同時に解せないこともあるのだ。
そもそも道具が必要ないなら何故わざわざナイフを振るう動作をするか、だ。見るだけでいいなら相手からはどう避けてよいかわからない正しく必殺の能力。道具を使うことで発生するデメリット多いはずで、ならばそれ以上に使いたくなるメリット、もしくは使わざるを得ない状況だったってことになるが。
「お前みたいなバカにこのオレが、ストレートをもらっただと? ……ふざけるなよッ!」
バカに、と言われてそういえばしきりに頭の良し悪しを気にした言葉を口にしていたことに気付いた。
あぁ、そういうことか。つまりは——
「距離感がつかめてないんだろ?」
そう言われた霧山は顔を真っ赤にして肩を震わす。どうやらビンゴだったようだ。
「より正確には空間認識能力が低いってとこか。きちんと物体の位置、距離感を測ることができないからナイフで対象の位置を測って目安にしてたってわけだ。だからナイフは必要だったし、距離感もクソもないあの位置じゃあ本来通り見ただけで斬れた。これは不用意に近づいた俺のミスだな」
「……だから何だ! お前の方が頭が良くとも俺の方が! 能力の扱いは上手い! 知ってるか、あの講義に出ていないヤツは力をまともに扱えないらしい。力を持たないヤツに負けるなんてことが——」
「無意味だ」
その一言だけで叫ぶ霧山を黙らせる。本当に無意味な嫉妬だ。
「俺は確かに地頭はいいかもしれない。でもそれは親父から毎日のように話を聞いてるから、それだけのことだ。まあ、ろくに講義に出ていないヤツに負けるのは悔しいかもしれないけど、そこは環境の違いだと割り切ればいいんじゃないか?」
「……はっ、はは、ははははっ! 確かにそうだな。お前に頭の良さで勝とうなんて無意味なことだったかもしれない」
わかってくれりゃあいい、と背を向けた瞬間だ。
「だがお前は死ね。そうでなければ俺の存在意義などそれこそ無意味だ!」
振り向く必要はなかった。全身を霧山の能力で斬られ、触れて少しだけ思い出したことがある。
「そんな紙で俺を殺せるのか?」
「何を世迷言をッ!」
——霧山の敗因は最後の最後で自分の力を信じることができなかったことだ。能力を使っていれば届いたはずの刃、それを前へと突き出し両手で力いっぱいに背中へと突き立て——
「なっ!?」
「殺せるわけがないって言ったろ。こんな紙でできたナイフなんかで!」
刃の先がぐしゃぐしゃに、まるで紙かのように潰れて刺さらなかったのだ。どうしてかはわからないが事実としてそうなっている。だがどうしてこうなったのか本当にわからない、そんな顔をしている霧山にもう一発大きく拳を振りかぶる。
「ごぶっ!? な、なんで……」
「こんな非現実を起こす要因、お前の方が詳しいんじゃないか?」
「——そんなバカな! だって講義に出ていないと……」
「毎日のように聞かされたって言ったろ。もしかしたら知らないうちに扉を開いてたのかもな」
講義を受けることによって能力が発現することがある。これはおそらく今まで理解の外にあった人間の潜在能力を認知することで偶発的に力を扱えるようになったと勝手に解釈した。
実演してみせようか、とそこに並べてあった戦隊モノの剣、それに銃を持ち出す。
「俺がこれを扱えば本物、つまり剣のように斬れるようになるし、銃でその心臓を撃つ抜くことすらできる」
「……お前はバカか? 流石に、そんなことできるわけがない!」
「お前は何もない状況で斬れるのに俺にはできないなんて道理はないだろ」
剣を霧山の右足へと突き立てる。普通ならば少し痛いだけで済むもののはずが、現実に足を貫き骨をも砕いて床へと突き刺さった。想像を絶する痛み、いっそ死んだ方がマシだとさえ思えるほどの激痛にきっと声も出せずにいるはずだ。
「流石戦隊モノの道具、破壊力半端ないな」
「うぅぅぅ……。うっく……」
「痛いか? 俺も痛かったしあいこでいいよな? っと待てよ。やっぱりさっきのあいこは無しにしよう。もう一発、彼女を危険に巻き込んだ分もらっとけ」
言いながら何で萌華のことをこんなにも気にしているのか疑問に思ったが、まあ今はどうでもいいだろう。
襲撃者の心臓へと銃口を向けると顔を一生懸命に振り逃げようとしているが、残念かな。右足が剣によって地面と繋がっているため動くことすらできない。
「……冥土の土産にもう一つ聞いとけ。俺の能力についてだ」
もはや話を聞いているのかもわからないような状態の霧山に子守歌でも聴かせるかのような調子で話しかける。
「俺の能力は『言ったことがそのまま現実になる』ってヤツらしい。と言ってもそこまで自由度が高いわけじゃなくって、せいぜいありえないことをありえるに変換する程度っぽいけどな。そしてここ、玩具屋は普通ならありえないものばかり」
つまり彼がここに来た時点で敗北は決定していたようなものなのだ。
……などと言ってはいるが能力についてわかったのも霧山に斬られたあとなので、全くの偶然、結果的に幸運だっただけである。
「さて、それじゃあ懺悔の時だ。せいぜいあの世で詫びて——」
「き、君! そこで何をしている!?」
予期せぬ第三者の声に驚き声の方を向けば警備員らしき四十代くらいのおじさんがけん、じゅうを構え、て……?
いや、警備員じゃない。警察だ。おそらく俺と霧山の騒動で通報され駆け付けたってところだろうがタイミングがマズすぎる。さっきまでなら凶器を振り回していたのはこいつだから問題ないが、凶器が戦隊モノであるという不可思議さを無視すればこの状況では誰がどう見ても加害者は俺、神崎時統である。
全身から汗が噴き出る。思考を回せ。このままじゃあ完全に犯罪者だ。多少やりすぎたとはいえ本来ならばこちらが被害者、それなのに捕まるなど死んでも嫌だ。俺は善人でも悪人でもないが、間違っていることだけはどうしても嫌だ。結果選んだのは——
「くっ……!」
手にもつ銃を警官の方へと投げ意識をそちらに向けると一気に横を駆ける。後ろで発砲音が聞こえるが全速で走っている相手に当てることは決して簡単なことではない。全身から血が出ているので走るたびに激痛が襲うが、それより今選んだのは逃走。不本意だがやましいことが全くないわけではない。大丈夫、一旦逃げてしまえば追ってはこれない。しばらく家から出なければ見つかりもしないだろう。
「——はっ、ははははは」
何一つ面白くないのに自然と笑いが出る。
「ははははははははは——」
自棄になるってこういうことなんだろうか。どうしてこうなった。ふざけるなよ。帰ったら全部アイツから聞いてやる。
そうやって自分のことを考えている時に多少余裕が出てきたのかとある人のことを思い浮かべる。
「あぁ、そういや萌華大丈夫かな。逃げれてっといいけどさ」
まあ二度と会えないわけではないのだ。これからのことはこれから考えるとして今はとりあえず、
「帰ろう」
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