take2「次に初体験があって」
「ん……んっ」
晩飯を食べた後布団に潜ってずっと携帯をいじっていたはずだが、寝落ちしていつの間にか朝になっていたようだ。携帯は充電ケーブルさしっぱだったから落ちてる心配はない。さて、気になる現在の時刻は——
「じゅ、十二時!?」
……あまりの衝撃に二度寝しようとしてしまったが、もう一度携帯を見てベッドから跳ね起きる。半ば一方的に押し付けられた約束とはいえ破るのは申し訳ない気持ちになる。とはいえ完全に遅刻。今から行っても待っているかどうか怪しいが、それでも行かないのはなんか違う!
ふと、時間を見た時同時に何かメッセージが入っていたことに気付いた。送り主は親父、肝心の内容は……。
『如月さんはいいぞ。何に対しても頑張り屋で真面目、とても良い子だ。楽しんでな』
「んなっ!?」
なんで今日あいつと出かけるって知っているんだ、という疑問も浮かんだが、それよりなんだこの文章は。まるで、その、交際を積極的に認めているようなものだ。親父は教えてるから知ってるかもしれないが、俺は彼女がどういう人間なのかすらわかっていないのだ。それなのにこんなこと言われても、正直困る。
ええい、とにかく今は余計なことを考えるのはやめだ。それより早く集合場所まで向かわなければ。
☆☆☆☆☆
約束の場所まで行ってみれば案の定、というか全身をカジュアルにキメてはいるが涙目で震えているので格好のつかない如月がそこにはいた。
うーん、これは声をかけた瞬間泣き出すやつでは?
一瞬迷ったが、やはり声をかけないってのは流石に気が引けるし、遅れて来たこっちが今回は全面的に悪いのだ。多少の災難くらい我慢しなければ。
「よ、よっす。本日もご機嫌麗しゅう……?」
「…………かんじゃきぢゃあああああん!」
「あっ、こら引っ付きながら大声で泣くな! 俺が泣かしたって思われるだろ! ……いやそれは違わないのか? とにかく一旦離れて、あぁ鼻水すごいって。ティッシュ使うか?」
「びずっ……。ティッシュ、ありがどうごじゃいます……」
なんて汚い顔だ。これでは折角の美人が台無しじゃあないか。
「とりあえず落ち着けって。ちょうど昼時だし、飯おごるからさ、な?」
「えっぐ……。えっぐ……」
「え、卵料理か? よぅし、それなら美味い店知ってるから早く行こうぜ」
「エッグじゃないわあああああ!」
☆☆☆☆☆
ということで昼飯はオムライスが美味しいお店だ。ここはこのショッピングモールに来ればほぼ間違いなく入る店で、ちゃんとお気に入りの店だ。一押しはホワイトシチューオムライス。オムライス本体も美味いが、この店のホワイトシチューは特に美味く単品で出しても売れるのではないかと俺の中で専らの噂だ。
「これ、ほんとに美味しいね。あんまりホワイトシチューってイメージなかったけどこれなら無限に食べれるかもっ」
美味しい料理を食べてすっかり機嫌を直した如月は、次に服屋に行こうと言い出した。あげくしばらく回った後に下着コーナーにまで入ろうとしていたが、流石にそれはNGということで外で待っていることにした。店から出て来た如月は上機嫌に軽くスキップまでしながら周りを見て回っている。
ふと我に返ったが、これって俗に言うデートというやつではなかろうか。意識した途端に耳まで真っ赤になるほど恥ずかしさが頭を支配する。生まれてこの方異性との交際なんて経験が無かった俺にとって、この状況は冷静に考えれば刺激が強すぎる!
……まあ俺のせいで待たせたのは事実だから多少の我儘には付き合うつもりだったが、この女よもや本来の目的を忘れてはいないだろうな。
「ねぇ、次はどこにいく? ゲーセンとか? それとも雑貨でも見に行く?」
いや間違いない。この女忘れてやがる。
「あのう……。お楽しみのところ非常に申し訳ないですが、勉強を教えるって約束では……?」
「——————————も、もちろん忘れていませんとも、えぇ! 久々に人とショッピングしたからはしゃいでたとかでは決っっっしてありませんとも!」
「いやさ、俺は別にいいんだけど、お前は勉強はいいのか?」
「だ、大丈夫ですとも。成績が悪いわけでもないですし? むしろ平均よりは出来てるって自信すらありますし? ただもっと効率よく学べたらなと思ってるだけですし?」
「あぁ、それはつまりあれか。俺はもう帰っていいってことか?」
「お願いします、勉強を教えてください」
綺麗な土下座だ。ここまで綺麗なものは見たことが無い。っと大衆の面前で女の子に土下座させているなんてなんのプレイだ。
とりあえず抱えてでも立たせると、視線を合わせる。
「最初からそのつもりで来てんだから。その、別に嫌いなやつでもないから、さ。俺も楽しかったし」
「え、えへへ……」
そんなこんなでこんなテキトーな流れで勉強会が始まったわけで。集中力が持つのかとも思ったが、始めてみればなんのことはない。親父の言っていた通り真面目で教え甲斐のある人だった。
……ん? 親父の言っていた通り?
思い出したのは親父からのメッセージの内容。って何を意識しているんだ俺は! アホか。たかだか数時間一緒に遊んだだけの女の子に恋心なんて抱くわけは——ないのだ。
しばらくしてかなりの時間勉強していたようで、人の数もそれなりに少なくなっていた。
「今日は、ありがとうございました。時統君の教え方が上手だったおかげで少しは理解が深まりました」
「それは良かった……。ってちょっと待て。いつの間に下の名前で呼ぶようになったんだ? 今朝(昼だったけど)は神崎だったはずだけど?」
「なに言ってるんですか。これだけ濃厚な一日を共に過ごせばそれはもうお友達、私達はそう言っても過言ではないんですよ」
「そういうもの、なのか」
「はい、ですから私のことも萌華と呼んでくださいねっ」
そういうものだとはっきり言われたからにはそういうものだと納得するしかないので、仕方なく「萌華」と呼ぶとにへへ、と顔を緩ませていた。そんな顔を見るとこちらも自然と笑みが零れる。これがどういう感情かわからないが、確かに彼女は良い人だと理解できていた。
「俺の方こそ整理とかできたし、わりかし有意義なじ——」
「ようやく見つけた」
「——ッッッ!? 避けろォ!」
突然後ろから深い深い深い深い殺意の感じる男の声が聞こえてきたのだ。避けろ、と叫んだのと同時に萌華を突き飛ばすと小さく悲鳴を上げながら倒れこむ。その少女の視線の先にはあるのは男性にしては少し白い肌ではなく赤の血糊を纏った左腕だった。
「ぐっ——」
萌華の視線の先を見ると左腕には大きく、細かく切り傷のようなものがはっきりと見える。傷があるのを認識してしまった瞬間に熱さと共に、今まで体験したこともないような激痛が——
「があああああああああああああああああああああああああ!!」
「……痛いか?」
激痛から逃げるようにこれでもかと叫ぶ俺の上から男の声が無慈悲に降り注ぐ。痛みを堪えて声の主を睨みつけるとそれは多分見覚えのある顔だった。多分というのも顔は見たことあるような気はするが、はっきり誰だったかと思い出せないからである。
そんなことより注目すべきはその右手。血が付いているわけではないが、小型のナイフが握られているのでアレで斬りつけてきたのだろう。
「——お、お前……は?」
「そうか、わからないか。確かにオレみたいな人間は視界にも入らないもんな」
「霧山さん、ですか?」
「何?」
萌華に名前を呼ばれてそちらの方を見た霧山と呼ばれる男は不機嫌な表情を露わにした。しかし俺はその言葉でようやく思い出したことがある。
「そうだ、確か俺の前の席にいた奴!」
「流石講義なんぞに来なくてもテストバッチリの天才様。オレなんかのことでも覚えてたか」
でもその霧山が何故俺に敵対心を剝き出しにしているのかがわからない。関わりなんてないに等しい男に殺される覚えなどない。知らないうちに恨まれている可能性も考えたが、そもそも最近はまともに人と関わっていないため本当にわからない。頭が混乱していた俺がようやっとはじき出した答えは——
「もう少し後ろの席が良かったのに俺が座っちまったとかか!?」
「……何を言っているんだ?」
あれま、違ったか。って当たり前じゃないか俺のバカ! たかだか席順くらいでここまでの敵意を向けるわけがない!
「オレはこんなバカに負けたのか……」
「えっ、何て?」
「そうだと思うと余計に腹立たしい!」
霧山が咆哮するとナイフを一振り。それだけで触れてもいないのに何故か左肩に斬られたような傷ができ、痛々しい叫びと共に血飛沫が顔を濡らす。
何が起こっているのか全く理解できていないがこのままここにいても殺されるだけだということくらいはわかる。痛みに耐え、耐え、耐え、ようやくゆらりと立ち上がる。左腕だけしか傷付いてないはずだが立ち上がるのは、とても辛かった。今すぐ走り出して逃げ出したいが、霧山が萌華に視線を移したのでそうも言っていられなくなった。
「クッソ! 何だか知らねぇが狙ってんのは俺だろ!? そいつは関係ねぇ……!」
「言われなくともそのつもりだが?」
ぐるんと首を回すと再びナイフを一振り。辛うじて身を捩って何かを避けると、
「早く逃げろ!」
「え、でも——」
「早く!」
怒声によって押されるように走り出した萌華をナイフが追うように振るわれたが、近くにあった壁に斬られたような跡が残ったが幸いにも萌華は壁の向こうへと逃げきれていた。舌打ちだけすると再びこちらを向き直る。
しかし未だナイフを振るうだけで離れた場所が斬れるのかが理解できていない。その様子を察したのか霧山はケタケタと笑いだす。その笑い声は明らかに俺を馬鹿にした笑いだ。
「お前まさか妄想能力を知らないのか?」
「妄想能力……」
勿論知っている。詳しく理解しているかと言われればその限りではないが、親父の専攻している分野だし、それに曲がりなりにも講義を受けてテストも高得点取れるくらいには知っている。だが妄想能力というのはこういった漫画で出てくる……そう、魔法のような現象を起こすことだとは思っていなかった。
状況が呑み込めない俺を見て奴は相当ご機嫌らしく、声色を明るく高く続ける。
「知識としては持ってるんだろサボリ魔優等生サマ。そう、あの妄想能力だ。見たものを切り裂く、これがオレの能力。よってオレから逃げようとしても無駄だぞ」
「冗談はよせ、そんなことあるわけ——」
「お前がどれだけ否定しようとも一向に構わんが、それはそれで嬲り殺されるだけ。それじゃあ面白くないだろう!」
思いっきり振り下ろされたナイフから逃れるように避けるとできるだけ多いところを選びながら走り出す。
一般人に危害を自ら加えようという意思はないようだが、人が少なくなっているとはいえここは大型ショッピングモール。無暗に逃げていれば何の関係もない人達に危険が及ぶかもしれない。この俺、神崎時統は決して良い人間ではないが、無関係の人が俺のせいで巻き込まれるなんて間違っていることを見過ごせるほど情の無い男ではない!
「こっちだバカ!」
出来るだけ人気のないところに誘い込むしかない。この状況をどうするかは、走りながら考える!
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