お味噌汁かよ
夏野篠虫
私のルーティン
「こちらご注文の豚汁になりまーす」
疲労感いっぱいの店員に、私は会釈で返して目の前に置かれた豚汁に早速手を伸ばした。
週3でこの牛丼屋に来ては、毎回頼むのが牛丼並盛りつゆだくと豚汁である。会社の昼休憩がきっちり正午から、徒歩4分の距離にある店に着いてU字形カウンターの左奥から3番目に座る。注文して牛丼が出てくるのが1分後、豚汁は牛丼を食べ終わってから持ってきて貰うことにしている。
この一連を続けて4年になる。すっかりルーティンとして体に染み込んだおかげで、これさえズレなければ午後の仕事も上手くいく。ちなみに残り2日はカレーを食べる。そちらもルーティンがあるが割愛する。
この頻度で通っていれば、会話こそなくとも、店員と顔なじみになるし私もバイトの固定シフトを覚える。今日水曜は女子大生で、去年入ってきた以来接客に問題は無い。ただ今日はやけに疲れているようだ。連勤かもしれない。
とりとめもないことを考えつつ豚汁を口元まで持ってきて、私は初めて気づいた。箸を付けずとも分かる、豚肉が入っていない。だとすれば答えは唯一つ。
これ、味噌汁じゃね?
私が注文したのは豚汁だ。先述通り、毎回同じメニューしか頼まないから店員も顔とセットで覚えていると思っていた。いや思い込んでいた。会計時ごちそうさまくらいは言うが世間話すらしたことない相手を記憶するか? ましてや今日のバイトはまだ私と会って1年程度。しかもシフト上週1しか会わない。私が同じ立場ならうろ覚えだ。
どうしよう。
念のため手元の伝票を確認したが豚汁だ。まだ口は付けていない。
交換して貰うか? でもそれは悪いし味噌汁がもったいない。それに早く帰社して午後の準備もしたい。
けど昼食を豚汁で締めるのが最善。八方塞がりだ。
真顔で汁椀を持ち固まる私はさぞ悪目立ちしただろう。店員に声をかけらた。
「あの、いかがしましたか?」
「え、い、いやなんでもないですっ」
私は驚きと焦りと恥ずかしさを誤魔化すように椀の中身をゴクゴクと口に流し込んだ。
ああ、ルーティンが……ん?
具材を噛み締め味わって、再び私は固まった。
味噌、玉ねぎ、じゃがいも、にんじんの奥に確かにあるのだ。
豚肉のうまみが。
「ありがとうございましたー」
バレないくらいの早足で店を出た私は二度と豚汁を頼まないと決めた。
お味噌汁かよ 夏野篠虫 @sinomu-natuno
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます