最終話 二人の居場所。そして———。
6年後————。
ヒュ~~~~~~~~~~ドオォォォォン………。
空に満開の桜のように大輪の花火が描かれる。
ボクはそれを学園の理事長室で見ることとなった。
「綺麗な花火ですね」
「君たちが守った花火じゃないですか。もう少し誇らしくしてもいいのでは?」
有崎理事長がボクに返答をしてくる。
「私たちが成しえなかったことをお前はやったんだから、凄いよな」
入山中等部教頭もそう言ってくれる。
入山先生はいつの間にか教頭先生にまでのし上がってしまった。
やっぱり実力のある人は違うわ。
それに今は左薬指にはきらりと光るものがある。
ボクらが花火を継続させた年に、入山先生は佐竹先生にプロポーズされたらしい。
後夜祭の花火を見ていた屋上で。
ロマンティックな話じゃないか。いや、やり方が古すぎて少しクサ過ぎるかもしれない。
そして、今年、ボクは聖マリオストロ学園中等部に赴任して理科の教師となって働き始めた。
理系教師に運よく欠員が出たのと、ボクのことを知っていた入山教頭先生と有崎理事長の働きかけによるものも大きかったみたいだ。
「では、私は先に出させていただきますね。しぃちゃん、あとの終いはお願いね」
「先生! その呼び方は……」
「いいじゃない! いつまでも教え子は教え子のままなのだから……」
そういうと、有崎理事長は理事長室を後にした。
静寂とともに花火の音だけが部屋に響き渡る。
「そういえば、神代は元気にしているのか?」
「ええ、彼女は元気なようですよ」
「そうか……。私も驚いたよ。英語を活かせる大学ということで探しているのは知っていたが、てっきりお前と一緒の『なみはや大学』に進学するものだと思っていたからな。それが蓋を開けてみれば、お父さんの仕事の関係で、海外の大学に入学することになるとは……。それに推薦状も最終的には出ることになったくらい成績を上げたんだ……。アイツはお前と出会って変われたんだな……」
「ボクのことを買いかぶり過ぎですよ。ボクにとっては、彼女と付き合えたのもほんの偶然だし……、あ、でも勇気を出して物事を動かすということは教えてくれたかな……」
「そうだな……。それに、まさか自分が苦手としていた父親と一緒に海外に行くなんて思いもしなかったな……」
そう。文化祭の日。ボクが彼女から聞かされたのは、遊里自身が海外の大学に進学することだった。
一番ボクと離れることが嫌と言っていた彼女は自身を成長させるために、自分でも頑張れるようになるために父親の海外赴任と同時にイギリスの大学に進学することにしたのだ。
もちろん、イギリスはウチの両親が仕事をしている国でもあるので、付いていくことも可能だったが、ボクは敢えてついていかなかった。
それは自身の夢であった教員になることが捨てきれなかったから。
遊里はそれを言ったあと、ボクの胸の中で声を出して泣いた。
自身の決断であったにもかかわらず、いざ、ボクに言おうとすると、どうしても踏みとどまってしまい、なかなか言い出せずにいた。
何だか、「それ」はお別れの言葉のように思えたから———。
駆けずり回って掴み取った、後夜祭の花火は全然記憶に残っていない。
ただ、一緒にいてほしいと言われて、ボクは屋上の人から目立たないところで、彼女と一緒に見たことだけは覚えている。
そして、今日もまたボクの隣には彼女がいない。
3年の途中から彼女はイギリスに旅立って以来、直接は会えていない。
先生はボクの方に振り返り、
「今でも連絡は取りあっているのか?」
「ええ、今は便利な世の中ですよね。ZOOMでリアルタイムに動画で色々と話ができますから」
「まあ、昔からskypeとかあったぞ」
「あ、そうですね。本当に便利な世の中ですよね」
「まあ、そうだが、さすがに神代はそれだけでは満足しないだろうな……。本当は会いたがっているんだろ?」
「ええ……。彼女が帰国したら結婚しようって約束にしてるんで」
「ひゅ~、妬けるねぇ~」
「結婚した人がそんなこといいます?」
「ああ、すまんすまん! 確かに神代はお前との結婚に恋焦がれていたな」
「そういう言い方はやめてください。何だか恥ずかしいですから」
「いいじゃないか。減るもんでもないしな」
その時、ボクのスマートフォンが鳴動する。
LINEの通知が待ち受けに出される。
差出人は「神代遊里」———。
「あれ? 遊里からだ」
『思い出の場所に今すぐ来て! 会いたいな!』
「先生、ごめんなさい! ちょっと先に出ます!」
「ふっ。構わんぞ。神代のところへ行ってこい」
「あ、はい!」
ボクは理事長室を飛び出す。
遊里との思い出の場所———。
はっきりと書いてくれてもいいのに、書いてくれない。何だか意地悪だな……。
2年生のときの教室?
いつも昼食を取ったカフェテラス?
いや、違う……。ボクと彼女にとって大切な思い出の場所、そこは———。
ガチャ………
重厚な鉄ドアを開けると、そこに柵の手すりに手をかけながら花火を見ている女性がいた。
ボクはそっと近づいていく。
屋上を薙ぐ独特な風向きの風に、花火の火薬のにおいともうひとつ桃のような甘い香りが漂う。
うん。忘れない。いつもの香りがする。
何年経っても変わらない、彼女がつけている香水の香り。
何だろう……。何も話しかけていないのに……、涙が込み上げてくる。
「……お、おかえり……遊里……」
その声にピクッと肩を震わせ、金髪のロングヘアがふわりとなびいた。
振り返った彼女は何も言わず、ボクを抱きしめてきた。
そして、よくしていたようにボクの服、首筋に鼻を近づけ、深呼吸をする。
「……会いたかったよ! 隼!」
「……ボクも……」
「もう、どうして泣いてるのよ! 私まで泣いちゃうじゃないの!」
「ご、ごめん!」
「思い出の場所で分かってもらえてよかった~! まあ、ある意味、試験みたいなものよね!」
「何の試験!?」
「決まってるじゃん、私のことをちゃんと覚えてくれているかってこと?」
「忘れることなんかないよ!」
「そう? 良かった!」
いつも通りのはにかんだ遊里の顔を見ると何だか落ち着いてしまう。
「改めて、おかえり……」
「ただいま。意外と長かったよね……。充実はしていたけど、すっごく寂しかったわ」
そういう彼女をもう一度抱きしめる。
この温もり……、遊里が一緒にいると感じさせてくれる。
嬉しさが込み上げてくる。
ボクは軽くキスをする。
ボクらにとっては挨拶みたいなものだ。
でも、ボクも彼女に対して、サプライズを用意していた。
ボクは一歩下がり、ポケットから箱を取り出す。
「改めて言うよ。お帰りなさい、大好きな遊里。ボクと結婚してくださいますか?」
ボクは箱を開けて、キラリと輝く指輪を彼女に差し出す。
小さいけれどもしっかりとダイヤモンドが3つ飾られた指輪を。
彼女は「え!?」と戸惑う。
「ボクがこっそりアルバイトしてたのはこの日のためだよ。約束してたじゃん。帰国したら結婚しようねって」
「う、うん……。覚えてた……。覚えていたけど……、まさか、こんなに急にプロポーズされるなんて思ってなかったよ……。もう! サプライズ帰国したのに、逆にやりかえされちゃったなぁ……」
ボクは指輪を取り出すと、左手の薬指につける。
花火の灯りに照らされて、ダイヤモンドがキラキラと何色にも輝いているように見える。
「……綺麗……。ありがとう。喜んでお申し出を受けさせていただきます!」
ボクはその返事にほっと安堵すると同時に高ぶった気持ちが次の行動に移ってしまった。
彼女をギュッと抱きしめ、そのまま唇を重ねていた。
……んちゅ…れろれろ……ちゅぱ……
「ボク、遊里のこと、ずっと愛しているよ」
「私も、隼のこと大好き♡」
クラス内での派閥闘争が起こって一緒になれない時期を過ごしたけれど、そんな陰キャなボクと陽キャな彼女はお互いにどんどんと恋心を深めて、そしてついに結ばれた。
ボクが勇気がなくて、話しかけることも無かったらきっと、遊里と一緒になるなんてことはなかったかもしれない。
すべては運命の歯車が回り始めたときにボクと遊里が動きだせたから。
「好き」って感情はいくらでも表にだすことはできるだろう。
でも、そこから次のステップに繋げていくのは難しい。ただ、諦めないこと、そしてお互いのことを理解していくことがきっと色々な問題を解決することに繋がってくれると思う。
リア充め、なんてつまんないことを言わないでほしい。
何かが変われば動き出す歯車は変わる。一度、離れたって、またボクと遊里みたいに出会えるチャンスはやってくるかもしれない。
次は君たちがこんな恋愛ができるようにボクは願ってやまない。
きっと、どこかにチャンスはあるのだから————。
【終幕】
―――――――――――――――――――――――――――――
作品をお読みいただきありがとうございます!
少しでもいいな、と思っていただけたなら、ブクマよろしくお願いいたします。
評価もお待ちしております。
コメントやレビューを書いていただくと作者、泣いて喜びます!
―――――――――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます