第197話 理事長は冷静に評価する。
理事長室は事務棟の1階を奥に進んだところにあった。
ところが、入山先生はそこを素通りしようとしている。
「あれ? 先生、理事長室ってここですよね…?」
「あ、ごめん。さっき確認したら、理事長は会議中なんだって…」
会議中!? で、わざわざここを素通りしていくってことは…。
もしかして——、
「察しがいいな…。会議室にみんな集まっていらっしゃるよ」
何ぃっ!? 会議室だと!?
正直、行きたくない!
学園長や理事長も含めてたくさんのお偉いさん方が一堂に介される場にこれから突入するだと!?
「こういうときは瑞樹くんがいたほうが…。顔が広そうだし…」
「何を言っている。今回の言い出しっぺはお前ではないか。だから、私も協力者として力を注いでやったんだからな!」
「ええ…。でも、いざ突入するとなると少し心細いというか…」
「じゃあ、私が一緒についていこうか?」
と、背後から声を掛けられて、ボクが振り返ると、そこには遊里さんが立っていた。
はて? 今日は確かに放課後一緒にいなかったけど…。
確か、クラスの文化祭の準備の方に協力していたはずだ。
「あれ? クラスの方の準備は?」
「ああ、あっちは私の分担はある程度出来上がったのよ…」
と、ボクと目を逸らしながら、アタフタしながら答える遊里さん。
ああ、きっと逃げて来たんだな…。何かあったのかな…。
「神代…、まあ、いいか。お前は今日、確か衣装のフィッティングの日だろ? 逃げて来ただろ…」
さすが、クラス担任。クラスの文化祭準備のスケジュールも完璧ですね。
「い、いや、逃げてきたわけじゃないんですよ! ホラ、他の子たちの衣装に時間がかかっていて、その間は自由時間だから、こっちに来ただけです」
「清水。お前、スマホのGPSかなんかで見張られているんじゃないか? 何で、こんなに正確にお前の位置を割り出して、タイミングよく現れることができるんだよ」
「ふん! これが愛の力ですよ! 入山先生には分からないでしょうけれど!」
「神代、一回、生徒指導室って行ってみたくない? 私、あなたくらいの可愛らしさなら、以前の性癖を取り戻して、いっぱい攻めれそうなんだけど」
入山先生の目のハイライトが消えている。
あと、明らかに性癖ってあっちのほうでヤバいと思うんだけれど…。
きっと遊里さんがまだしたことのないお尻…いや、何でもない…。
それを察したのか、遊里さんは少し距離を取り、
「先生、本気にしちゃだめですよ…。冗談だと思って聞き流してもらわないと…」
「悪いが、恋愛絡みでこちとらそういった余裕はなくてな…。実家からもうるさく言われていて、神代のいうことを冗談のように聞いている余裕はないんだよ」
「ああ、それは申し訳ありませんでした…」
「次言ったら、開発してあげるから…。彼氏として、されたくなければ、彼女をちゃんと管理しておきなさい」
「ええ、ちゃんとお仕置きしておきます」
「いや、それはむしろ、神代好みだろうからやめてくれ」
まったく、ウチの彼女をどんな子だと考えてるんだろうか…。
すっごく可愛いところがあるんだぞ! 確かにちょっとエッチだけど…。
「とにかく、もう会議室の前なんですから、乗り込むんですか?」
「まあ、いきなり入っていくのは問題だろうからな。今なら大丈夫かもな…」
入山先生はそういうと、ノックをしてドアを開ける。
会議室すべての人間の視線が入山先生、そして、ボク、遊里さんに集中する。
「しぃ……入山先生、どうかなさいましたか?」
「失礼します。有崎学園長、今度の文化祭の花火の打ち上げ場所について、候補が出ましたので、ご提出に参りました」
「その話ね…。で、どうなったの?」
「今、よろしいのですか?」
「構わないわよ。だって、その話に入るところだったのだから…。で、いい案があったの?」
「はい。生徒たちが発案してくれたのですが、臨時用の防火水槽に仮設の打ち上げ場所を設営するという案です。こちらがその資料になります」
入山先生は有崎学園長に書類を手渡し、それはそのまま理事長の手元にわたる。
理事長は設置場所とその設営図を確認して、「ふむ」とひとつ頷き、
「このまま計画を進めても良いでしょう。予算に関しても問題ありませんし、設営業者の計画書にも問題はないように思えます」
「ありがとうございます!」
思わずボクは大きな声を出して、お辞儀をしていた。
きっと驚かれたことだろう。名前も知らない生徒が突如、お辞儀をしているのだから。
「では、この案で文化祭実行委員会は作業を進めるようにしてください。よろしいですね、入山先生」
「あ、はい。ありがとうございます」
入山先生も深々とお辞儀をした。
ボクらは廊下に出ると、遊里さんがボクに抱き着いてきた。
「よかったね! 隼の思いが通じて!」
「うん。でも、ここまで上手く行けたのは、入山先生や瑞希くんにも協力してもらえたからだから」
「ま、私にとっては残された宿題をするってことだったからな…。まあ、まだ打ちあがるまでは宿題があるだろうけれど…」
何だか意味深に脅すのは止めてほしい。
ボクはジト目で入山先生を睨みつける。
「まあ、そう睨むなって…。アイツらみたいに目つきが悪くなるぞ…」
入山先生はボクらの後ろの方を指さす。
そこには橘花さんやクラスメイトが、殺気を帯びつつ仁王立ちをしている。
ん? 何で彼女たちがここにいるの?
すると、横の遊里さんがひぃっ!? と悲鳴を上げる。
「遊里? 分かってるわよね? 今日は何の日?」
「い、衣装のフィッティングの日…だよ…?」
「正解。じゃあ、あなたは今、ここで何をしているの?」
「あ、あの…わ、私は…………」
「ひっ捕らえ~~~~~~い!!!」
橘花さんの号令を聞いたクラスメイト達が遊里さんをロープでぐるぐる巻きにしてしまう。
「ね、ねえ!? 隼! 絶対に教室には来ちゃだめよ! お、お願いだから!!!」
遊里さんはそう悲鳴に近いお願いを残して、連れ去られていった。
彼女の服装、どんなのなんだろう。
て、ボクもこの後、装飾の手伝いで教室に行かなきゃいけないんだけど…。
一難去ってまた一難。これもまた文化祭の醍醐味らしい…。
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