第191話 やり残した宿題③(入山静香side)

「ふむ………」


 私は生徒会を統括している有崎先生に、花火大会の企画書を見てもらう。

 有崎先生はひとつため息をついて、


「全体的には問題はないと思うわ。でも、ひとつだけ気になることがあるの」

「そ、それは何でしょう?」

「まず、実施場所よね…。運動場って書いてあるけれど、あそこで打ち上げるというのは確かに立地的には良いと思うの。ただ、校舎の位置が近すぎるわね…」

「やはり近いですか…」

「ええ…。この校舎ももうかなり古くなっているし、木造でしょ? 火の粉で火災なんてことが起こったら大問題になるから、その辺を学園長がどのように判断されるのかが気になるところかしらね…」

「一応、時間もないので、これで一応提出しようと思うのですが…」

「まあ、説得する必要はあるかもしれないから、私も同席はするけれど、どうなるかは学園長次第ね…。幾分、頭の固い方だから…」


 有崎先生はいつもの険しい表情とは異なり、少し微笑みながら、書類を返してくれた。

 そのまま有崎先生に連れられて、私は学園長室に向かった。

 学園長室は職員室の横隣りにあり、簡単に職員室から行き来できるようになっていた。


「失礼いたします。有崎です」

「ああ、入りなさい」


 大きな机の前で書類に目を通していた恰幅のいい男性がこちらを振り返り、入室を促す。

 私は先程までの職員室との緊張感の違いを肌から受け止める。


「確か君は、生徒会長の―――」

「はい。入山静香と言います」

「君は確か初めての女性生徒会長だったね。実に新しい風を吹き込んでくれる素晴らしい存在だと職員会議でも伺っているよ」

「ありがとうございます」

「で、今日はどういった要件かね?」

「実は、生徒会から文化祭について新たに企画書が出ましたので、それをご覧いただきたいと思いまして、お持ちしました」

「そうか…。では拝見しよう。君たちはそこのソファに座りなさい」


 私は促されるまま、席に着く。柔らかいソファは私を包み込むように沈み込む。


「ふむ…。これは良い企画だね。確かに近年、集客が減少傾向だったから、文字通り花火を打ち上げるというのは良いことだ」

「あ、ありがとうございます」

「それに予算に関してもきちんと確保されているから、その点についても問題ないから理事会でその点を問い詰めてくるものもいないな…」


 細かく予算なども含めて、設定できていて良かった。本当に亜紀には感謝しかない。


「ただ…。打ち上げ場所はどうにかならないものかね…」

「やはり学園長も気になりましたか?」

「うむ。有崎くんもかね」

「はい…」


 やはり運動場はダメなのか…。とはいえ、ウチの学園は敷地が多くあるわけではないから、なかなか打ち上げ場所を設定するのは難しい。


「この校舎も国から文化財に指定される予定があるようだから、私たちとしても、現在、新校舎の建設を進めているんだが、さすがにそこも打ち上げる場所としては問題があるからね…」

「どのようにされますか?」

「一応、理事会には上げておくが、打ち上げ場所の再考は必要だろうね。タイムリミットは1週間だ。それまでに新しい打ち上げ場所の候補を再提出しなさい」

「は、はい…。分かりました」


 私は少し肩を落として、返事をした。


「入山さん、これまではこういった企画が上がってくることすらなかった。本当に君の生徒会は優秀な生徒会だね。もうひと踏ん張り、頑張ってくれないか」


 学園長から優しく声を掛けられ、少し心が落ち着いた。常に冷静でいなければ、判断に過ちが生じる。

 私は深呼吸をして、立ち上がり、


「では、再度、打ち上げ候補地を考えてまいります」

「うむ。期待してるよ」


 私は少し悔しい気持ちを秘めたまま、生徒会室に急いで戻った。そこには、私の報告を待ちわびている人がいるのだから。




 生徒会室に戻ると、亜紀が書類の整理をしてくれているところだった。

 彼女は主人を待ちわびたペットのように尻尾を振り振りしている感じで私に近づいてきた。


「どうだった?」

「企画そのものは良くて、予算もきちんとできているから、大丈夫だったよ。でも、打ち上げ場所が校舎に近すぎて、火災の起こる可能性があるから、そこだけ候補地を探してほしいということだ」

「そう…。でも、それって難しくない? 私たちの校舎の西側は新校舎建設が始まっていて、敷地が使えないじゃない。現在の校舎に近くてそれほど広い場所ってなかなか見つからないと思うの」

「うん。確かに問題は多いけれど、それをクリアすれば花火大会ができるんだ!」


 私がから元気を出して、亜紀に笑顔を振りまくと、


「しぃちゃんも無茶し過ぎなんじゃない? しぃちゃん、今、すっごく心が乱れちゃってるよ。勢いだけで動こうとしていて、いつもの冷静沈着なしぃちゃんじゃなくなってる。ダメだよ」


 ゴメン。バレてたか…。

 私は上手く感情を押し殺していたはずなんだが、長いこと一緒にいる亜紀には見え見えだったようだ。


「正直言うと、どうすればいいか分からなかったんだ…」

「そうだね…。ま、一緒に頑張ろうか…」


 彼女は優しく私の手を取って、そこにチュッとキスをしてくれた。




 一週間があっという間に過ぎ去り、いくつかの打ち上げ候補をまとめた。

 とはいえ、どこもかしこも了承が貰えそうにはない場所だった…。

 それだけ、このミッションが難しかったのだ。新校舎の建築さえ絡んでいなければ、西側の敷地を使えば打ち上げられるのに…。

 私はいつも通り、放課後に生徒会室に向かう。

 学園長に提出する書類を亜紀に見てもらうためだ。

 私はルーチンワークのようになったこの行動を何ともなくドアに手を掛け、横にスライドさせる。

 ガラガラガラ…………

 ドアを開けた、私の目の前に飛び込んできたのは、信じたくないものだった。


「あ、亜紀……!?」


 そう。私の目の前には亜紀がいた。

 笑顔の亜紀ではなく、天井から吊るされたロープに首をくくって、ダラリと弛緩した亜紀だった。

 私は腰を抜かしてしまった…。何も考えられなくなってしまった。

 たぶん、泣き叫んだ。

 その声を聞いて、先生たちが駆けつけてくれた。

 先生たちは急いで、亜紀のむくろを天井から下ろして、救急車を呼ぶ。

 私は目から大粒の涙が溢れていた。

 どうして!? どうして、一緒に頑張ろうっていったじゃないか!

 何で、私を一人にするんだ!? 私はお前が必要だって言ってただろう、亜紀?

 何も考えられないまま、その場に沈み込んでいた私を教師が抱きかかえるように亜紀から引き離した。

 もう、何もやりたくない――――。

 私は結局、亜紀のために頑張って来ていたんだ。

 亜紀が喜ぶことをしたかっただけなのかもしれない。




 その数日後、亜紀の葬式が行われ、私も参列した。

 私は亜紀のご両親に顔向けをすることができず、その場を早めに立ち去ろうとした。

 その時、亜紀の母親に呼び止められた。

 彼女は私を葬儀場の家族控え室に連れて行き、話をしてくれた。

 遺骨は学園に近い霊園に埋葬されることになった。彼女は常に学園を愛していたらしい。

 そして、何よりも文化祭を楽しみにしていた。私と一緒に回りたいといつも家で言っていたらしい。

 でも、色々と激務もあっただろうし、周囲からの批判、そして極めつけは私が花火大会で思い悩んでいる姿を見て、まるで自分のように思い悩んでくれていた。

 ただ、最近になって急速に進行した不治の病気に心が壊れてしまったそうだ。

 私は泣き崩れるしか何もできなかった。

 彼女は私にそっと遺骨の一部をポチ袋のような袋に入れて、渡してくれた。


「亜紀は入山さんのことを純粋に愛していたから、これを受け取る権利があるわ。それに彼女は短い人生の中であなたほど愛してくれた人はいないって…。いつもそう言っていたの。本当にあなたに会えて良かったわ…」


 私は背負うものが一つできたような気がした。




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