第190話 やり残した宿題②(入山静香side)

 私と亜紀の二人で必死になって作った企画書は、他の生徒会役員が見ても完璧な仕上がりであった。

 何も文句の言いようのないくらい花火大会の実施可能な形になっていた。

 予算に関しては、業者によれば、学校などの文化祭でやるには、50万円くらいで何とかなるのではないかということで、そのくらいならばと、亜紀の父親が出資してくれることになった。

 本当に助かっている。私はそれの相談で亜紀の自宅に赴いたときに、本当に感謝した。ただ、亜紀の父親は逆に私に感謝してくれた。

 理由はとても簡単なことだった。

 亜紀は昔から臆病なところがあって、新しい友達をつくることに億劫になっていた。でも、私はあまりそういうことは気にせずにいつも一人でいる彼女に対してフレンドリーに話しかけた。最初の話題は、好きな音楽だったかもしれない。

 いつの間にか、一緒にお昼を食べるようになったし、私が疎いコスメやアパレルの話を彼女からしてくれるようになった。

 彼女にとっては、私はクラスメイトとの接点を持たせてくれる唯一無二の存在だったのだ。

 彼女は家に帰るといつも食事の時にその話をしていたらしい。

 髪がショートカットで、少し目つきの鋭い私は彼女にとって彼氏のような存在になっていた。

 長い髪、紺碧色の瞳、白い肌。別に「普通」の大人しい女の子は、いつの間にか、私を一緒にいたら安心できる存在として受け入れてくれるようになった。

 亜紀の父親はそこがとても安心してくれたらしい。

 だから、私は彼女を生徒会長の右腕として働いて欲しいと願い出た。

 彼女は最初こそ戸惑いがあったものの、了承してくれた。

 日を重ねるごとに、私たちの信頼関係はさらに深いものになっていった。

 そして、あの事故が起きた…。まあ、事故と言っても悲壮的なものではないのだが…。



 私の唇が、意図しないまま亜紀の唇と重なっていた――。



 どうして重なったのかは衝撃の強さに忘れてしまっていた。

 彼女は嫌そうな顔をするのではなく、むしろそれを望んでいたかのような表情をしていた。

 私は複雑な思いでいっぱいだった。

 もちろん、初めてのキスは自分の好きな男性とするものだと思っていた。

 それが自分の好きな「女性」としたのだから……。

 で、でも、私は決してそっちの方向に走るつもりはないのだけれど…。


「私の初めてがしぃちゃんで良かった…」

「本当に良かったのか?」

「うん」


 私が念押しで確認すると、彼女は笑顔で頷いた。

 それ以来、何だか私たちの関係は崩れたような気がする。

 まあ、ある意味ではいい意味で何だが―――。

 亜紀は生徒会の仕事が終わると、必ず、


「しぃちゃん、お疲れ様のチューして♡」


 と、妖艶な微笑みを浮かべながら、私を抱きしめてくる。

 束縛された私は彼女に促されるまま、キスをしてしまう。

 こんな関係を今も続けてしまっている。彼女にとって、それが落ちつきを与えられるのならば、別に彼氏がいない私にとってはそれはそれでいいではないか、というのが私の気持ちだった。




 ある日、同級生の米倉美由紀が私を捕まえてきた。

 米倉はクラス1の美人で、親が外資系の社長になっているお嬢様だ。


「ねえねえ、しぃちゃん。変な噂が流れてるよ?」

「変な噂?」

「うん。しぃちゃんと亜紀ちゃんが付き合ってるとか」

「はぁ? 何だ、それは…。私たちは女同士だぞ」

「うん。そうなんだけれどね。でも、そんな噂が流れて来るってことは何か心当たりない?」


 まあ、あると言えばある。

 とはいえ、生徒会室での話であって、他の場所で私たちがキスをすることはない。

 あれは明らかなお疲れ様のルーチンのようになってしまっていたから。

 それとここ最近は文化祭関連の仕事のために普段以上に亜紀と一緒に学園内を歩き回っていたから、それを勘違いされたのだろう。


「まあ、文化祭関連でどうしても亜紀とは一緒にいてる時間が長いから仕方ないよ」

「ふ~ん。まあ、気を付けてね。変な噂には尾ひれがつくことがあるからね」

「ああ、分かってる…。美由紀のいうことはしっかり聞くよ」


 そういって、私は生徒会室に出向く。

 放課後はいつもこうだ。本当に文化祭が迫って来ていて、私たちの仕事も日ごとに最終段階になって来ているということが実感できるし、学園内も徐々に装飾品が増え始め、文化祭が近づいていると見ていても分かる。

 生徒会室に入ると、そこには亜紀がすでに来ていた。

 亜紀は窓の外をボーッと眺めていて、私が入ってきたことにも気づいていないように感じる。

 私はこっそりと亜紀の後ろに近づき、


「どうしたんだ? 一人、黄昏れて…」

「しぃちゃん……。何か、迷惑かけちゃってないかな…、私」

「ん? どうしてだ? 役には立ってるけれど、迷惑はかかってないよ」

「本当に?」

「本当に!」


 きっと、彼女も周囲から噂のことを聞いているのだろう。

 あからさまに元気のなさが伝わってくる。何だか、答えているように思える。

 本当に彼女はこのまま文化祭まで乗り切れるのだろうか…、そんな疲労感を表情に浮かべていた。


「亜紀、本当に大丈夫か? お前、疲れてるだろ…」

「え…? うん、ちょっとね…。でも、しぃちゃんが傍にいてくれるから、頑張れるんだと思う」

「そうか…。でも、無茶は絶対に無しだぞ…。私も亜紀がそばにいてくれることが本当に嬉しく思っているんだから…。今の心のバランスが保たれているのは、亜紀のおかげなんだから…」

「嬉しいな…私」


 そういうと、亜紀は私の胸に顔を埋めて、身体を震わせた。


「私、ちょっと情緒不安定になっているかも…。少しの間、こうしていていい?」

「ああ、構わない。気持ちが落ち着くまでこうしていていいよ…」


 亜紀はその後、10分ほど私の胸で大粒の涙を流した。




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