第188話 入山先生は昔に戻りたい?

 重い…。空気がかなり重すぎる…。

 有崎学園長は、「よっこいしょ」とソファに深く座り直す。

 それだけで空気がピリピリするってこの人、現役時代はどんな授業してたんだ!?

 ボクはそれだけでもすごく気になってしまう。が、その愛弟子ともいうべき存在なのだろうか…。確かに入山先生の授業もピリピリしていると言えばしている。あー、本当に師匠と弟子の関係なんだね。


「で? しぃちゃんがわざわざ来たということは、文化祭のことに関してなんでしょ? 確か、あなた今、文化祭実行委員の取りまとめやってるものね」

「え、ええ、させていただいております」

「ふむ…。で、わざわざ教師まで一緒になって出向いてくるということは大きな問題が起こったということかしら?」

「はい」

「花火のことかしら?」

「―――――――!?」


 やはり突いてきた。そりゃ、学園長のことだから、文化祭など学校運営に関しては色々な報告が入っているから、今年後夜祭の花火がなくなるということも分かっているはずだ。


「やっぱりね~。まあ、しぃちゃんは隠し事が昔から下手だったものね。で、どうして欲しいの?」


 あれ? いきなり拍子抜けのように会話が進む。

 もしかして、花火を実施することは可能なのか!?


「そ、その…花火の中止を撤回していただけないかと…」

「うーん。撤回は可能よ」

「本当ですか!?」


 思わずボクは声を挙げてしまう。

 良かった! これで後夜祭のみんなの楽しみにしているものを壊さずに済む。


「でも、撤回だけで実施するとは言ってないわ」

「え……?」

「だから、打ち上げ花火を中止することそのものは撤回は出来るけれど、そもそも、旧校舎の重要文化財の決定を取り消すことにはできないから、どういう対策を講じるかということが必要なんじゃないかしら?」


 あ、そういうことか。

 重要文化財に登録される旧校舎の扱いに関しては、消防法などに基づいてきちんと管理しなくてはならないので、これまで通りの花火大会では実施することはできない。

 だから、知恵を持って来いというのか…。

 この学園長はなかなか一筋縄ではいかない人だな…。

 あ、だから、入山先生が「ちょっと困った方」という印象を持っていたのか…。


「とはいえ、キャンセルするにはそれなりの費用がかかるから、タイムリミットは今週中よ。今週中に代替案を用意して頂戴。そうでなければ、後夜祭の花火大会は中止ということにします。もしも、代替案で承認が取れれば、今年も花火大会は実施するわ」

「有崎先生…」

「しぃちゃん? 私はすべてを無駄にしたいという気持ちはないの。すべては物事をどのようにとらえて、どのように構築していくか、よ。現状の方法がダメならば、他の方法がないかを知恵を振り絞って考えること。それを教えるのも教師の務めなんじゃないかしら? だから、あなたも一緒になって考えてあげてね」

「ええっ!? 私もですか?」

「そうよ。あなたが生徒会長をしたときも辛い思いをしたんだから、きちんとそれを克服するべきだわ…。しぃちゃんのやり残した宿題でもあるのだから…」


 入山先生のやり残した宿題?

 ボクには意味が分からなかった。でも、入山先生の表情を見ていると、その辛そうな表情には学生時代の何かが先生を苦しめているように思えた。


「私も花火大会が実施されてから、楽しんではいたもの…。それはしぃちゃんも一緒でしょ? それじゃあ、この困難な状況をきちんと解決して、今後の後輩たちにもきちんと顔向けできるように頑張りなさい。私からは以上です。あら、もう、こんな時間。今日はこの後、私立高校の学園長会議があるのよ。ま、オンラインだから息の臭いおっさんたちの近くに行かなくて済むだけマシなんだけどね…」


 そう言うと、有崎学園長はソファから腰を起こし、学園長席の方に移動する。


「では、会議があるので、ご退席を」

「かしこまりました。ありがとうございました。有崎先生…」

「「ありがとうございました」」


 入山先生とボクと瑞希くんは深々とお辞儀をして、学園長室を後にした。




 事務棟の5階は教職員用の食堂となっており、昼食後ということもあって、教師はまばらであった。

 明らかに場違いな感じの、ボクと瑞希くん、そして召喚された遊里さんと楓も一緒の席に着いている。

 入山先生の奢りということで、ボク達は日替わり定食(教師用)を食べながら、花火大会のことに関して話していた。


「で、結局、どうなったのよ?」


 ボクの横に座っている遊里さんがお茶を一飲みしてから訊いてきた。

 ボクは愛想笑いを浮かべて、


「状況次第では中止を撤回してくれるような話にはなったよ」

「え、そうなの!? じゃあ、一応、関門を少しクリアしたじゃない!」


 うん。物凄くポジティブだね。ボクはそこまでポジティブになれないかも。


「で、その状況次第って言うのは?」


 楓が深刻そうな表情を変えずに訊いてくる。

 瑞希くんが、お手拭きで手を湿らして、


「旧校舎が重要文化財になることを取り消すことはできないから、それを維持した状況で実施できる代替案を一週間以内に見つけて、有崎学園長に提出して、それが承認されれば花火大会は晴れて実施可能ということだ」

「うあ。結構、それ難しそうな問題じゃない?」

「うん、そうだね…」


 ボクが楓に相槌を打つ。ボクの前に座っている入山先生は何も言わずに暗い表情のままだ。

 ボクは思い切って聞いてみることにした。


「入山先生?」

「な、なんだ?」

「入山先生って今から11年前の生徒会長をされていたんですよね?」

「ああ、そうだ。女子が生徒会長という珍しい年で、それなりに人気はあったよ…。その女子からはな…」


 そんなこと聞いてないのに…。どうして、男がいないということに苦しめられているのかはそこから始まってるのかな…。

 て、話を戻そう。


「先ほど、学園長が言っていた、先生が11年前にやり残した宿題というのは何なんですか? ぜひ、聞かせてください」


 ボクが少し強めの口調で言うと、先生は「参ったな…」と頬を掻きながら、


「分かったよ…。11年前の私のやり残した宿題について今から話してやるよ…」


 そう言って、先生はお茶を少し口にふくみ、喉を潤してから、おもむろに話し始めた。




―――――――――――――――――――――――――――――

作品をお読みいただきありがとうございます!

少しでもいいな、続きが読みたいな、と思っていただけたなら、ブクマよろしくお願いいたします。

評価もお待ちしております。

コメントやレビューを書いていただくと作者、泣いて喜びます!

―――――――――――――――――――――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る