第181話 彼女はボクに昔のように甘えたい
夏祭りと言えば、屋台がたくさんあって盛り上がることができる。
この町の祭りでも屋台はたくさんあって、見て歩くだけでも客を楽しませてくれる。
さっきは射的で思わぬ成果を頂戴することができたけれど、ボクたちは小腹も空いたことだし、ということで何か食べ物を探す。
フランクフルト、鯛焼き、ベビーカステラ、イカ焼き…などなど、王道の物から、最近はタピオカミルクティーやパフェを売っているお店まであったりする。
なんとも商魂たくましいというかなんというか…。
「何か食べたいものはある?」
「うーん。そうねぇ…。ここはまず王道でたこ焼きかな」
「いいよ! すみません。たこ焼きを2つください」
ボクが店主にそういうと、店主は「はいよ!」とテキパキと容器に入れてくれる。
ボクはお金を渡して商品を受け取る。
熱々の出来立てだ。
「そこに休憩所があるみたいだから、そこで食べよっか?」
遊里さんは休憩所の方角を指さし、ボクを先導してくれる。
うん。何か嬉しい。
こうやって自然にお祭りを楽しめることだけでも本当に嬉しいし、それだけではなく自分の彼女がこんなにも嬉しそうな表情を見せながら、楽しんでいることを共有できることが本当に嬉しい。
簡易的に作られた休憩所にはテーブルと椅子が設けられていて、2人1組になっているのはリア充のことを考えてなのかどうかは分からないけれど、ボクは遊里さんが先に取っておいてくれた席に向かう。
席に着くと、早速、たこ焼きを手渡す。
「ねえねえ、これってあーんてした方がいい奴?」
「いや、火傷するからダメなヤツ」
「うーん。残念♪」
お茶目なんだろうけれど、本気で出来立てのたこ焼きでそれやったら死んでしまうと思う。
ボクたちは爪楊枝で1こ取っては口の中でホフホフとさせながら、食べていく。
「ねえねえ、そろそろ冷めて来てるからしてもいい?」
「マジでやるの?」
どうやら彼女はリア充の代名詞とも言うべき、あーんをやりたくて仕方なかったらしい…。
冷めているというのなら、まあ火傷することはないか…。
「ちゃんと冷ましてあげるから」
そういうと、彼女は残り1個のたこ焼きに口を近づけ、ふぅふぅと冷ましてくれる。
自身の唇にチョンと当てて、熱くないのを確認する。優しいなぁ…。
「はい! あ~ん♡」
「あーん」
ボクは周囲の目も気にせず、口を開けて遊里さんからたこ焼きをもらう。
うん、美味しい♪
「お、お前ら、本当にリア充だな…。イチャイチャし過ぎで、他のリア充でも殺されるレベルだぞ」
「ふえっ!?」
突然、聞こえてきた俊輔の声に、遊里さんは顔を真っ赤にしながら振り返る。
そこにはジト目でお怒りモードの茜ちゃんもいる。
「お姉ちゃん…。さすがにそんなベタなことはしないと思ってたけど、意外としちゃう派なんだね…。びっくりだよ」
「あぅあぅぅぅぅ……」
遊里さんの顔はもう真っ赤を超えて、そろそろ頭頂部から煙か湯気が上がってしまいそうな状態に陥っている。
あ~、これは早くたこ焼きを飲み込んで助けてあげるべきだね。
「俊輔も茜ちゃんもボクの彼女をいじめるのはやめてよ!」
ボクは少しだけ怒気を込めて言う。
まあ、ボクが怒ることなんてそうないから、二人ともビクつく。
「べ、別にダメって言いたかったわけじゃねーんだぞ」
「わ、私もちょっとイチャイチャ過ぎて、驚きを隠せなかっただけです」
うん。焦ってるね。
特に俊輔は前に一度、遊里さんのことで強めに言ったことがあるから、余計に大人しくなっている。
「そもそも、二人は付き合い始めたばかりだと思うけれど、今、楽しい?」
「ええ、楽しいです」
茜ちゃんが即答する。
ま、そりゃそうだろうねぇ…。茜ちゃんの顔から笑みが溢れてるもの。
「ボクらにとったら、ゴールデンウィーク明けがまさにその時期だったんだけど、ボクらはクラスの問題で学校でも外でも一切付き合いを公にできない状況になっていたのは知ってる?」
「ああ、お前らが付き合ってるってこと自体気づいてなかったからな…」
「そう。だから、デートと言えばボクの家とか図書館とか極力、人目のつかないところでしか一緒になる時間がなかったんだよ。だから、一番楽しい時期にこういったお祭りとかイベントに参加することもなかったし、家で一緒に勉強したりするしかなかったの。だから、ボクらにとっては今日のお祭りは、ある意味では初めてのラフな感じのデートは初めてなの! だから、付き合い始めたときの感じを二人で味わいたいって感じなんだよ。何だったら、1つの飲み物にストローで二人で一緒に吸ったりとか、色々甘いことやりたいんだよ」
しまった。かなり熱くなってしまっていた。
言ってる間にどんどん自身の中でエスカレートしていってしまったな…。
ボクはひとつ咳ばらいをして、
「とにかく、ボクは遊里と一緒に一緒にできなかった初めのころの思い出を作りたいと思ってるから、遊里にもいっぱい甘えてほしいと思って、今日は一緒に遊里とだけで回りたいと思ってたんだ…」
いつの間にか、遊里はボクの袖の部分をクイッと引っ張っていた。
振り返ると、すでに遊里の頭頂部から湯気が立っていた。
あれ、もしかして言い過ぎたかな…。
「ごめんなさい! そこまで知らなかったんだよ…。ウチでもお姉ちゃんは隼さんからのLINEとか見るとベッドの上でコロコロ転がって喜んでる姿しか見てなかったから、そんなに辛い時期だっただなんて…」
うん。茜ちゃん、それは今の遊里に聞かせるとさらに恥ずかしがるんじゃないかな…。
ボクが知らない家での話だもんね。
「まあ、二人で楽しんでくれよ。ちょっと揶揄って悪かったな」
俊輔はそういうと、空気を読んだように茜ちゃんの手を引っ張って、その場から去った。
「よかったね…。二人ともちゃんと分かってくれたみたいだし…」
「よ、よくないかも…。ちょっと恥ずかしすぎて死ねそう……。茜も余計なこと言うし…。あ、あの、違うの! その、隼からLINEが返ってくるのがすごく嬉しくて、なんか、ほら…ね?」
語彙力が一気に失われている気がする。
真っ赤にした顔で必死に弁解する遊里さんも可愛いな。
ボクはそっと彼女の頭を撫でて、
「大丈夫。ボクも一緒の気分だったからさ。あの頃も思わず電話しようかな、て、思えちゃうくらいにね。さ、今日は付き合い始めたころのようなデートをしようね。甘えてくる遊里が可愛くてしょうがないんだから」
この後、彼女はさらにプスプスと言いながら、頭から湯気を立たせたのであった。
ああ、やっぱり可愛いなぁ、ボクの彼女は。
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